その2 「コミュニティードヨルドのシチューは食えたもんじゃない」

 この食堂スペースにいる全ての人が統領セバスティアーノによって、無能と判断されていた。

 以前の世界でごく普通のサラリーマンだった人や、ごく一般のお年寄り夫婦、じいさん、ばっさん、学生、生徒などがいた。

 不幸にもあの統領セバスティアーノによって無能生産者と判断され、彼の独断と偏見で来させられた者たちだ。

 いわば彼ら彼女らはコミュニティードヨルドの囚人みたいなものだった。


 配給待ちをしている人たちの列に並び、給仕係からシチューを受け取ると、自分は食堂の隅の方のテーブルで1人ポツンと、人が束になってあれこれ談笑しているグループとは一線を画したところに座った。

 本日が当番の給仕係からもらったシチューに対し、しばらく手を付けず、スプーンも取らないでじっとしていると、ある1人の男が、自分と同じくシチューの入った皿を手に寄ってきた。


「ベルシュタインさん。お疲れ様です」


「お……お疲れ様です、グリアムスさん」


 自分に対し、こうも気さくに話しかけてくれるこの男の人はグリアムスさん。

 世界がこうなる前では、ごく普通のサラリーマンだった。


 キメラ生物が都心エリアに現れるようになった1ヶ月前のこと。

 勤め先だった会社が倒産し、グリアムスさん自身も解雇の憂き目にあっていた。

 それから各地を転々とし、キメラ生物による混乱が起こるまでのしばらくの間、グリアムスさんは新たな職探しに奔走していたと言う。

 キメラ生物の襲来を受けたのは、故郷の町から少し離れたビジネスホテルに泊まっていた時とのことだ。

 ホテルの一室で求人情報誌を片手に、部屋の鏡の前で、最終面接の練習をしていた時に、キメラ生物に襲われたと言う。

 しかしそこに運よく、軍隊の人が駆けつけてくれたおかげで、難を逃れたらしい。


 その後、軍隊の人らに地元の駐屯地に連れられ、しばらくはそこで生活していた。

 だがそこにもキメラ生物の魔の手が迫り、その出来事をきっかけに、国の軍隊は基地から撤退。

 半ば彼らに見捨てられる形で、グリアムスさんは路頭に迷うことになったと言う。


 それ以降は1人、外の世界でずっと放浪し続け、後々コミュニティードヨルドの人達と偶然に遭遇したことで、今現在コミュニティードヨルドのこの食堂にて、自分と同じ席、同じ立場で同じ釜の飯を食っているのだ。


 そしてグリアムスさんが豚小屋にぶち込まれるまでに至った経緯も、自分とほぼ同じである。

 見渡す限り大勢の無能生産者も、セバスティアーノとの謁見の際に、彼の裁量1つでここに来させられたのだ。

 自分も含めこのコミュニティーでは、言わば負け組の人間なのである。

 グリアムスさんも例外ではなかった。


『晩御飯時、また席ご一緒してよろしいでしょうか?』


 自分はタオルを片手に、シャワールームまで裸で向かっていた最中、そのグリアムスさんとすれ違い様に『今日の晩飯時にご同席してよろしいでしょうか?』と話しかけられ、いつものように首を縦に振っていた。


「ずいぶん遅かったですね」


「そのようです。配給待ちしてる人たちが列をなしていて、わたくしもその波にのまれてしまいました」


「それは気の毒に。ご愁傷様です」


「またまたベルシュタインさん……。わたくしとしゃべるときはそんな丁寧な口調はよして、もっと砕けた感じでいてくださいよ。

 元々あなたはそんな柄の人間じゃなかったでしょ?」


「いいえ、これでいいのです。…これで」


 おそらく自分がこのようにバカ丁寧な口調に変貌してしまったのは、グリアムスさんの人柄と彼のとても紳士めいた丁寧な口ぶりに感銘を受け、影響をされてしまったからだと思われる。


 そうとしか思えない。

 はじめてグリアムスさんと会った時はそうでもなかった。

 ……が、しかしグリアムスさんとこうして親密になった今となっては、見事なまでに丁寧な口調が板についてしまい、元の調子で話すことを忘れてしまった。


 グリアムスさんの前で、何とかして彼の言う砕けた調子で話そうと、時折努力はしてみたものの、まるで呪縛のようにそのバカ丁寧な口調が型にはまってしまい、どうにも修正できそうになかった。


 それからずっとこのグリアムスさんとしゃべる際、また彼が自分の近くに居る際もずっとこの調子で話すようになってしまった。


「グリアムスさんも揃ったということで、そろそろこのシチューを召し上がりましょうか」


「そうですね。ではでは、いただきましょう。長らく待たせてしまい申し訳ありません」


 それぞれ手を合わせて、いただきますと言った後にスプーンを手に取り、配給されたシチューをいただいた。

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