旅立ち、二つの国
第1話 大陸歴834年
ふむ。全くつまらん。
快晴の青空におよそ似つかわしくない赤竜レギアーリは、ゆったりと羽ばたきながら、眼下で逃げ惑う小さな影を見下ろすと、いつものごとく落胆した。
まぁ、もともとそれほど期待もしていなかったのだが。
この北西一帯は、万年雪を抱いた険しい山脈から、広漠な裾野の大湿原まで、全てが彼の縄張りである。
勿論、それは誰に認められたわけでもない。
ただ、ワイバーンやグリフォンといった、自分と同じ空を飛ぶ輩をはじめ、地上を這いまわるトロールやオーガは言うに及ばず、自分に勝てるどころか、傷すら付けられる者が見当たらないのである。
故に、レギアーリは常に暇を持て余していた。
優雅に大空を舞っては、目に入った貧弱で矮小で取るに足らない存在に、思いつくまま適当にちょっかいを出し、ほんのひと時だが退屈を紛らわせる。
もっとも、悪戯に弄ばれた方はたまったものではないのかもしれない。
レギアーリが暇つぶしにさほどの悪意を持ち合わせていないとしても、竜が強大な力を持った畏怖すべき存在であることに変わりはないからだ。
現に、今しがた襲われた隊商の一団は壊滅していた。
数台の馬車はことごとくが炎で焼き尽くされ、護衛の傭兵たちは事切れて地面に転がるか、物言わぬ消し炭になるか、赤竜の胃の中に収まっていた。
わずかに生き残った人間は動く気力もなく、木の陰でただただ震えているか、目と口を開いたままへたり込んでいる。
…相手が良くなかったな。
長い首を伸ばしながら、レギアーリは目の前の光景をぼんやりと眺めた。
これがエルフなら、魔力をまとった弓の反撃で、多少は楽しめたかもしれない。魔物の討伐隊だったなら、優れた剣士の一人もいたかもしれない。
多少頭数がいたとはいえ、所詮は単なる隊商、しかも人間風情。その定命は短く、壊れやすい非力な種族だ。
大きな三対の翼を開くと、赤竜はやにわに吠えたけた。その咆哮は彼にとっては欠伸に等しい。次の瞬間には、突風と共に遥か上空へと舞い上がっている。
酷く退屈だ。次はどこへ行こうか。
この場に興味を失ったレギアーリの眼は、もう既に遥か遠くを見ていた。
だから、自分を射抜く様に見つめるひとつの視線には気付かなかった。
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