CLOCK MASTERS:HIGHER DIMENSION

こたろうくん

CLOCK MASTER

 絶対安静なんて最悪だ――U-フェンスこと勇作はM.I.B.が所有する医療機関にてネフィリムとの交戦で負った傷の回復に努めていた。といってもベッドで横になっているだけであるが、出歩くことも許されていないので酷い退屈が彼を襲っていた。


 全身の打撲に骨折など日常茶飯事で、それだけならば彼、勇作にここまでの処置はされることはない。頑丈さが取り柄だ。


 しかしネフィリムの、インフェルノの炎に匹敵する熱量を受け止めたばかりか空間差違による絶対防御を突破した、勇作が見せた異様な力の正体が不明であることに加え、その後の異常な衰弱も相まってこうなったのであろう。


 すっかり衰弱状態からは回復し、打撲もほとんど治り、後は右足の骨折が治癒するのを待つばかりなのだがそれでも動くことが許されない。


「……せめてトイレくらい一人でいかせて欲しいんだけどな」


 知人は多くとも友人は少ない勇作の携帯電話は静かなものだった。SNSに投稿するようなことは事此処に到ってはあるはずもなく、チャットアプリにも通知は無し。U-フェンスとして活動も出来ないので動画も出せない。早々に飽きたゲームにネット。

 こうなると携帯などなんの暇潰しにもならない。


「――暇は貴重だよ、君ぃ」

「おン!?」

「初めまして、U-フェンスくん。僕はクロックマスター……と、そう呼ばれてる。一応、君もそう呼んでくれね」

「クロックマスター!? なにそれ、超イカしてるね」

「……ありがとう。そんな風に言われたのは初めてかも。イカれてるとは、よく言われるけど」


 一眠りしようかと勇作が目を閉じた直後、突如として聞こえた声に、彼が傍らにある面会者用の席に目を向けるとそこにいたのはグレーのスーツに身を包み、中折れ帽を被った男だった。


 自らをクロックマスターと名乗った、糸目で柔和そうな人懐こい顔つきをした男の纏う雰囲気は飄々としていたが、勇作の呑気なマイペースさはそれを上回っていた。

 どうやらクロックマスターは自身のその名が好きではないようだったが、勇作はいたく気に入った様子で羨望の表情を男に向けた。彼は勇作のその様子に面食らい細い目を丸くした。


「でも暇は暇だよ。暇すぎて……暇すぎる」

「ちなみに僕がどうしてここにいるのか気にならない?」

「どうしてここにいんの?」

「実は――」


 言わせた感じがありクロックマスターは少々面白くなさそうであったが、勇作が懐いた――懐かせたともいう――疑念に答えるべく彼の注意を惹いた刹那のことだった。


「――こういうこと」

「うおっ!? えっ? あれ……?」


 男は椅子から忽然と消失し、声は勇作のベッドの反対側から響く。驚いた彼が声のした方を見ると、そこにはクロックマスターが真っ白な壁に寄り掛かり懐中時計を弄んでいた。


 彼を見て、彼が先程まで座っていたはずの椅子を見て、それを交互に繰り返したのちに勇作は何か言いたげにするのだが、動揺のせいかそれが中々出てこない。


「瞬間移動?」

「そうっ、それ! 瞬間移動!?」

「残念」

「じゃあ、高速移動!?」

「んー、違~う。惜しくもない」


 そうやって会話を交わしている合間にもクロックマスターは右へ左へ、まるでコマ送りをするように消えては現れを繰り返す。

 そしてまた面会者席に腰を下ろして現れた男は明かす。


「僕の力は時間の操作。過去も未来も自由自在。しかも君らの次元中ならヘンな副作用も無し。なんとかの首尾一貫とか、パラドックス的なネ」

「……?」

「まあ、なんだ。この次元では僕は居て居ないようなものだから、色々なことに影響しないんだよ。でも実はこの話、今回の訪問とはな~んも関係無いんだ!」

「マジ……?」

「超マジ。U-フェンスくんが面白いからついね」


 そしてクロックマスターの男が訪問の理由を口にしようとしたとき、閉ざされていたドアが施錠を解いて静かな音と共に開放される。入ってきたのは勇作の経過を管理しているM.I.B.の研究員の初老の男だったが、彼は半目で左足の踵を床につけた所で固まっていた。まるで時が止まったように。


「おっ、おお! クロックマスター!」

「イイねぇ、その反応。そう、これがクロックマスター」

「チートじゃん!」

「チートなんて安っぽい言い方しないでほしいね。それになんかズルしてるみたいだし。でも大体はその通りかな、ここじゃ僕は無敵だからね。クロックマスターとしての力以外でも」


 そして男はこの施設の何処に誰がいて何をしているのかをこの場にいながらにして言ってみせる。時間を操って見た来たのかと勇作が訊ねると男はかぶりを振って「僕はこの世界を俯瞰して観測することが出来るんだ」と明かす。勇作は何のことかさっぱりだった。


「それよりも、U-フェンスくんの力についてなんだけど」

「僕の力? えっと、人よりちょっとタフ」

「ナイフでも殺されるのにタフぅ? そんなのじゃないよ」

「えーっと?」

「手がぴかっと光ったやつ」

「ああっ! あれなに!?」

「この並行した次元に住む人間だけが持つ、特別な力」

「わけわかめ……」


 怪訝な表情をして首を傾げる勇作が面白いのか、クロックマスターの男はくすくすと笑声を喉で燻らせると手にしていた懐中時計を両手に包みながら続けた。


「僕はその力を扱えるようになった人間をスカウトしに、無限に並行する色んな次元を回ってる。あ、僕“たち”か。とにかく、大いなる来たるべき戦いに備えて」

「うわぁ……カッコよ」

「それで、君には素質があると分かったから今日はこうして声を掛けに来たのさ。まだ完全に扱いこなせてないみたいだから、スカウトは先になるけど」

「どうしたら使いこなせるの!? あの力が使えたら、僕でもみんなみたいに戦えるし。今よりずっと誰かを助けられる」


 男の話を聞きながら己の両手を見ていた勇作ははっとして、そうまくし立てようとしたところで男の指先が彼の唇を閉ざした。


「……それは君が自分で見つけなきゃいけない。なに、切っ掛けは掴んだんだから、急がず焦らず、君らしくしていればいずれは応えてくれるよ。君自身が、君に対してね」

「頭あんま良くないからさ……」

「それは分かる。けど大丈夫。君よりずっとおバカなやつも見てきたし、そのおバカでも力は使えるようになった」

「おおう、めっちゃプレッシャーなんですけど」

「自分に素直でいたまえ。悩みも偽りも、失敗の後悔も、弱さも情け無さも全部が君だ。いや、君になる。そしてそれらが結実したとき、答えは出るから。必ず、ね」


 勇作は男の言葉にまたはっとする。クロックマスターの男は自ら過去も未来もと言った。

 俯瞰して観測するという意味こそ勇作には難しくて分からなかったが、もしかすると男は自らの過去やこれまでのことを知っていてその事を言ってるのではないかと気付く。


 やがて男は席から立ち上がり、懐中時計に繋がった鎖でそれを振り回しながら出入り口へと向かって歩き始める。

 勇作が声を掛けようとすると男は横顔で振り返り、尻目に彼を見て微笑を浮かべると言うのだった。


「僕らじゃどうしようも出来ないことを、君は、君たちは成し遂げる可能性を持っている。期待しているよU-フェンス、あいや勇作くん。君が来てくれることを心待ちにしてる」


 アディオス――最後にそう告げて、男は固まった研究員の肩をぽんと叩いてから部屋を出た。ぽかんとする勇作の前で、何事も無かったかのように研究員は動き出し、そして勇作の日常もまたその秒針を動かすのだった。

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