第12話 イベルナ星系会戦3
決して広いとは言えない空間に、一人のおそらく男性と思われる人型の異星人が、機械と半ば融合するようにして横になっていた。顔の大部分は機械に接合されていている。口元すらもチューブにつながれていて、半透明な接続部からわずかに頬が見える程度だ。
連邦と違い、狭く味気の無いこの空間こそが帝国の戦闘艦の艦橋だった。正確に言えば同じように区切られた区画が艦橋に1000以上積み重ねられているのだ。断面を見れば蜂の巣のように見えるに違いない。
その中央で女王蜂のごとく、司令官が艦橋にいる部隊長に命令を下し、部隊長が艦橋以外の部屋にいる艦長に指示を出す、というのが帝国のスタイルだ。一隻の戦闘艦に1人の艦長というスタイルは連邦と同じだが、帝国の戦闘艦は基本的には旗艦からの遠隔操作だった。技術格差によりハッキングの可能性が皆無といえるのが、この方式を可能にしている。艦長はそれぞれの人種に合わせた、培養液のようなものがみたされたカプセルの中にいる。
遠隔操作をしていないのは、隠密性が必要な索敵部隊や、伏兵まがいの事をやる特殊な独立部隊ぐらいだった。効率を求めた結果である。帝国軍人に人間性など求められてはいない。
(敵の動きはどうか)
(臨時旗艦にて、宴会を行った後に突撃を、敢行する模様。なお救助艇で脱出した人間も収容した模様)
艦のAIとの連絡は思考通信だ。連邦のようにわざわざアンドロイドの端末を作って、会話で伝えるなど非効率的な事はしない。
(勝算が無くなったので、自棄になったのか?それとも何か秘策でもあるのか?)
(不明。旗艦の中はハッキング失敗)
連邦の通信は筒抜けだった。ジャミングが出来る大型艦も撤退してしまった以上、仕方ない事である。
(腐っても旗艦か。まあいい。折角だ、宴のフィナーレを盛大に迎えさせてやろうではないか。敵の予想進路には我が艦をおけ)
万が一にも敵中突破など許さないためである。この機関は全長500㎞を超える大型戦闘母艦だ。最悪、敵の最も大きい戦闘艦だとて、体当たりで容易く潰す事が出来る。勿論敵の実体弾が枯渇していることは把握済みだ。例え突撃後、自爆されたところで旗艦が深刻な被害を受ける事は無い。
こちらの迎撃準備が整った頃、敵が円錐形の陣形をとり、突撃を開始する。予測された通の行動と進路だ。敵の新しく司令官になった人物の名前を聞いた時、少々驚いたものだったが実戦では凡庸な作戦しか立てられないらしい。
両陣営が近づいていくため、急速に距離が詰まっていく。そして連邦の艦船は兵器の有効射程距離内に入ってもその速度を落とす事は無かった。その為迎撃が間に合わず、連邦の艦船の体当たりを受けてしまう艦が出てくる。
だが、その被害も予測の範囲を超える事は無い。短時間での被害は増えるが、敵は急速に消耗している。最終的な被害は防衛に徹せられた時の半分以下になりそうだった。
撃ち合いではなく、連邦艦隊の突撃を帝国艦隊が迎撃するという戦いが続く。しかしそれは長くは続かない。そもそも艦艇数からして違うのに、帝国艦隊はすべて中大型艦に部類される艦艇である。普通に考えて勝負にはならない。
だが、連邦軍の意地と言うべきか、唯一の星間航行が可能な旗艦が、帝国軍旗艦に衝突し、半ばまで艦体を突き刺させていた。といっても所詮は全長10㎞程の艦だ。しかも突き刺さった位置は艦橋から遠い。自爆するとしても全長500㎞のこの艦を破壊するには至らない。
(自爆の傾向無し)
(よろしい。では、排除作業に入れ)
暫く待って実体弾の爆発どころか、自爆の傾向すらも見られなかった為、防御フィールドを解除し、船体の除去作業に入る。
(作戦の第1弾は成功というところか……)
第2弾は連邦の奪還艦隊の殲滅である。連邦がかき集めてここに送り込む以上の戦力は既に整っている。技術レベルの低い連邦は見破ることが出来ない。後は奪還できるとふんで、のこのこやって来る艦隊を再び迎撃するだけだ。
それまで休養しようと考えていた司令官の頭に突然アラートが響き渡る。
(何事か!)
司令官は不機嫌を抑えきれずにAIに聞く。
(ハッキング攻撃防御中。形勢不利。セキュリティー突破……)
AIが沈黙する。
(一体何が起きている!)
司令官が再び聞くも、AIが答える事は無かった。
ユキカゼはその船体の半ば程まで敵旗艦に突き刺さっていた。防御フィールドを全開にしていたおかげで、目立った傷はない。そして艦首から大勢の、パワードスーツに身を包んだ人間が飛び出してくる。殆どは武器を持って各部に散らばっていくが、中にケーブルを艦内から持ち出す者が居た。そしてそのケーブルをメンテナンス用と思われる端末に接続する。
暫くするとハッキング成功との報告が上がり、それを知らされた連邦側の軍人たちが歓声を上げる。
「突撃して、艦の内部から有線での接続ですか……全く考慮しない戦法でした。士官学校の授業にはない戦法だと思いますが、大佐はいったいどこで知ったのですか?」
どことなく呆れを含んだ様子でユキカゼがイワモリに尋ねてくる。
「いや、学校で習ってはいない。まだ飛び道具が発達する前の、太古の地球では接舷攻撃は基本だったんだよ。いやはや趣味がどこで役に立つかは分からないな」
考古学は自分の趣味の一つである。特に宇宙に飛び立つ前の時代が好みだ。しばらく経つとハッキング成功の報告が入る。
「流石にいくら帝国の技術が進んでいると言っても、メンテナンス回路からのハッキングには弱いみたいだね」
「帝国に限らず、メンテナンス回路にそんな厳重なセキュリティ対策は出来ませんから……しかも有線で物理的に回路に接続していますし……」
「さて、帝国は旗艦が殆どの艦艇を操作しているからな。せいぜい撃ち合って、潰れてもらおう。流石に旗艦に撃ってもらったら我々が危ないからな。旗艦だけは面倒だが白兵戦だ。食った分は働いてもらうとしよう」
パワードスーツを着ているとはいえ、巨大な宇宙船を制圧するのは大変だろう。また幾ら的とは言えカプセルに入った無抵抗の者を殺すのに心理的負担を覚えるかもしれない。だが、自分は臨時とはいえ司令官だ。艦橋に座って指揮を執るのが仕事だ。残念だが、一緒にその苦労を分かち合うことはできない。せいぜい心理的負担を、命令という形で軽減してやる事ぐらいしかできない。
「しかし、こう言った作戦があるのなら、あらかじめ他の艦長たちに伝えていても良かったのでは?」
「船外通信はどうせ傍受されているよ。いくら頑張ってみたところで帝国の技術レベルの方がまだ上なんだから」
ほんの僅かではあったが、その僅かな差は大きい。
「なるほど、ではもう一つ質問です。なぜ、旗艦の破壊活動にタイムリミットがあるのでしょう?」
「えっ。そりゃあ、さっさと逃げるためさ。十分奮戦した記録は取れただろう。戦果としても、申し分ないはずだ」
「それはそうですが、このまま待機して友軍の増援部隊と合流しても良いのでは?」
「いやいや、何時敵さんが来るとも分からない前線に、何時までも居る気にはなれないね。特別な報奨金があるわけでもなし」
「敵の増援は確認されていませんが」
「?敵のAIの記録を解析したのかな?」
「いえ、重要情報は既に消去されていました」
「ならば、連邦が把握していない、増援が来る可能性があるわけだ。だからさっさと逃げる。幸運の女神は後ろ髪が無いというだろう。後からじゃ掴めないんだよ。だから作戦が運よく上手くいったのなら、後は逃げるに限る。所謂勝ち逃げと言う奴だね。ギャンブルはね、勝ってるうちにやめるのが良いんだよ」
ユキカゼの助言に、自分は耳を貸さない。戦果は十分。そして、このまま退却すれば生き残れるのだ。拠点の保持など命令されていないし、知ったことではない。
こうしてイワモリは敵旗艦を破壊した後、ユキカゼ単独で生き残った軍人をつれて退却した。
そして、この戦法を分析し、旗艦に機能を集中させることを危惧した帝国は、イベルナ星系での第2作戦を諦める事になる。結果として無事、連邦はイベルナ星系を奪還したのである。
その後、イベルナ星系での帝国の第2作戦が知られると、イワモリは再評価されることになる。それまで臆病者と罵る者も居たが、黙らざるをえなくなった。
また帝国は艦艇の再設計を迫られ、遂に技術レベルで連邦に並ばれることになった。これをもたらしたイワモリは、帝国に怨敵としてマークされることになる。そしてそれが、後の帝国の歴史的な大敗北につながるとは、この時誰も予想していなかった。
後書き
久しぶりに投稿しました。お楽しみいただけたら幸いです。
宇宙艦隊の司令官から剣と魔法のファンタジー世界の冒険者に転職しました 外伝 地水火風 @chisuikafuu
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