第11話 イベルナ星系会戦2

 イワモリが艦内のリビングルームでつまみを広げ、秘蔵の酒を飲んでいると、目の前にモニターが次々に現れる。どうやら作戦会議の時間になったようだ。ユキカゼもいつの間にかソファーの横に立っている。

 モニターの向こうに部隊長の顔が映し出されているが、殆どは軍服をキッチリと着ている。数人少々着崩した者が居るが、自分程ラフな恰好をした者は居なかった。しかも画面から見る限り、驚くべきことに酒を飲んでいるのは自分だけらしい。

 服装は言うに及ばず、飲み物や食事も自由に、と伝えていたはずなのにおかしい。これではまるで自分だけが不真面目のようだ。


「士官学校時代に重要な論文を発表し、同期の中でも出世頭筆頭、といわれた新進気鋭の少佐が司令官になったと聞いたんですが、私の聞き間違いでしたかね?」


 おそらくこの艦隊の中でも古株と思われる人物が口を開く。データを確認すると少佐の地位にあり、軍経験もすでに100年以上やっていた。叩き上げで士官にまでなった古参兵で、歳も500歳近い年齢である。

 基本的に死亡する確率が高い軍に志願するのは、人生に疲れを覚えるといわれる400歳を超えてからだ。300歳前で軍に入るのは変わり者か、よほどの変わり者か、そうでない限り馬鹿である。

 ちなみに自分は馬鹿の方だと思っている。務めていた会社が潰れてしまった時、いい機会だと貯金で暫くのんびり暮らそうとし、手始めに旅行の為レンタルした高級宇宙船で、事故を起こしてしまったのだ。修理代で貯金が無くなった挙句、借金を追ってしまった。

 保険はちゃんとかけていたのだが、戦争の影響を除くという項目を甘く見ていた。戦場の近くに行くわけでもなく、保険会社でも適用されたことがない条項だった。1000年ほど前の戦闘の流れ弾が当たるのは予想の範囲外だ。そして、この時代に戦争に半強制参加である。手続きをした保険会社や役所の人間が生暖かい目をしていたのをよく覚えている。何とか士官学校には入学できたが、務めていた会社が潰れたのに、次の職を探す前に旅行に行こうなど、馬鹿な事を考えたせいだと自分では思っている。

 そういう事情で軍人になった身の上だ、士官学校でたまたまちょっと良い成績だっただけで、有能ではないと自覚している。


「おそらく聞き間違いか、人事ミスでしょうね。そんな優秀な人物がいたらここの指揮権を喜んでお譲りしますよ。クレメンス少佐はどうですか。データを見る限り私より経験もお持ちですし、人望も厚い」


「冗談を。戦闘中の死亡なら兎も角、戦闘直前に置いての指揮官の変更など、混乱を招くだけです。それよりも早急に作戦会議を始めていていただきたい」


 クレメンス少佐は生真面目に返答する。おかしい。大体こういった場合は、古参兵が新米指揮官を鼻で笑って指揮権を奪うところではなかろうか?


「こういうのもなんですが、皆さん真面目過ぎませんか?勝敗の確率はご自分の艦の人格AIには確認してますよね?」


 もしかして作戦会議前に資料を参照しなかったのかと訝しむ。


「戦場で不真面目なものは死んでいくだけです。それに我々の護衛艦のAIと違って、駆逐艦のAIなら勝つとまではいかなくとも、全滅しない作戦が考えつくのではありませんか?」


 堅苦しくクレメンス少佐が聞いてくる。

 中型艦に分類されるとはいえ、自分の乗っているユキカゼは所詮は駆逐艦だ。AIは護衛艦群の旗艦と同程度の能力しかない。そもそも宇宙軍本部のAIですら匙を投げているのに、それ以上の作戦など出ようがない。


「残念ながらそんなものはありませんよ。私は司令官になるにあたり大佐に昇進しました。つまりは死ぬと言う事です。そしてこの艦隊は全滅です。どう頑張ってみても全滅ですよ。私が言うよりAIに説明させましょう」


 合図をすると、ユキカゼが一歩前に出る。


「敵は圧倒的戦力を有効に利用し殲滅戦へと移行しつつあります。最も全滅する時間が長い作戦は各艦ランダムに逃げ回る事です。その場合全滅まで70時間±5時間かかると予想されます。なお、連邦軍到着までは約150時間。仮に敵が防衛戦をせずに撤退するとしても、最低120時間後です」


「つまりは生き残るためには、全滅予想から更に2日以上逃げ回らなければならない訳ですよ。そんなのは無理です」


 そう言って、少しおどけて手を広げる。要するにお手上げということだ。


「では司令官はどうされるつもりですかね?このまま策もなく各艦に任せるということでしょうか?」


「まあ、それでも良いんですが、一応奮戦しろと言われてまして。なので全艦で突撃しようと考えています」


 再び合図をするとパネルの前に円錐形の突撃陣形が浮かび上がる。そしてそれが敵旗艦に向かって突撃していく。圧倒的な敵の戦力の前に次第に陣形は小さくなり、そして旗艦に数隻接触した後、最後の数隻も爆散する。実体弾が残っていれば、自爆で敵旗艦を破壊できるが、残念ながら残っていない。そしてそれは敵も知っている。なので数隻とはいえ、接触を許すのだ


「一応これが敵艦隊に最も損害を与える戦法ですね。それにこの戦法ですと逃げる準備がいらないため、戦闘用意まで約10時間の余裕が出来ます。各艦の皆さんを自分の艦に招待しますので、最後ぐらい皆でパーッと騒ごうじゃありませんか。幸いにしてこの艦は救助支援型です。全員分の食事が用意できますよ。軍用ではなく、民間人用の非常食です。勿論持ち込みは自由ですよ」


 この艦はいざという時に民間人を救助するという任務も出来るようになっている。その為与圧機能を備えてある格納庫があり、最大で100万人を2週間収容できる。そしてなんと民間人用の非常食は、自動調理器で作った軍用の食事より美味いのだ。

 頭では分かる。軍で通常に使用する物は膨大だ。少しでも予算を削りたいのだろう。そうしてできた飯は、士気を下げないレベルで究極に安い方向に発達したフードカセットだ。

 それに対して避難する民間人の為に多くの自動調理器を備えるわけにはいかない。当然自動調理器を使わない非常食となる。そしてそれを軍独自に開発するのは予算の無駄で、自然と民間用を備蓄することになる。民間はコストもだが味も重視される。誰だって同じ金額なら、いや多少高くたって災害時に美味い飯を食いたいものだ。よって民間用の非常食は美味い方に発展していった。しかも連邦の大半の国は民主主義である。避難する者は有権者なのだ。勿論軍人とて有権者ではあるが、連邦に加盟している国は多い。自国の人間が軍にいる割合は低い。政治家がどう判断するか推して知るべしである。勿論あくまで非常食である。限度という者は有るが、それでも軍用とは天と地ほどの差があった。

 自分が民間人の時はそれは当然だと思っていた。だが、自分が食う立場になると考えも変わる。

 我儘という者もいるが、自分では臨機応変だと思っている。過去の考えに固執する意味が分からない。そして戦場に必要なのは臨機応変な考えなのだと信じてやまない。そして美味い非常食をみすみす宇宙の塵としてしまう義理もない。

 そして流石は軍隊。訳がわからぬ、という者も居たが、3時間後全員集まってくれた。この命令は各人に参加の可否を聞いていない。何故なら面倒だから。この期に及んでなぜ面倒な事をしなければならないのか、いやする必要は無い。言い方を変えると強制参加で全員集まった訳だが、気にしてはいけない。


「さて、戦友諸君。不満な者も居るだろうが、最期の食事だ。なに、例え酔いつぶれてもAIに任せれば作戦は成り立つ。心置きなく飲み、そして食べてくれたまえ」


 自分がそう演説すると、格納庫に集まった軍人の殆どから喝采が上がる。勿論苦々しい顔をしている者も居るが気にしない。自分は民主主義者だ。民主主義とは数の多い方が正義だ。つまり支持されている自分は正義だ。


「大佐……」


 圧縮レトルトポーチを破って熱々のステーキを皿に広げる。ユキカゼが何か言いたそうだったが気にしない。多分自分が食えないのが不満なのだろう。しかし、人格AIの端末である限り仕方のない事だ。諦めてもらうしかない。もしかしたら、自分の態度に不満を持っているのかもしれない。だがそれも仕方のない事だ。もし何か手違いで生き残ったら、色々食べさせてやることにしよう。

 そう思い食事と酒をひとしきり楽しんだ。

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