第10話 イベルナ星系会戦1

 暗く広がる大宇宙、そして輝く数多くの星たち、それに比べればはるかに少なく、小さい存在ではあるが、人類の歴史上では決して小さくもなく、少なくもない宇宙船が一つの星系にひしめいていた。

 その数100万以上、最も大きな宇宙船だと400㎞を超えているものもある。ただその宇宙船は大きく2つに分かれており、片方のグループは約20万だった。

 少数派に属する宇宙船は通称連邦と呼ばれる国の軍艦であり、対する宇宙船は帝国と呼ばれる国の軍艦だった。


 連邦軍の艦隊司令官が部下の一人に命令を下していた。この時代人類は寿命というものを克服しており、2人とも若々しい姿をしている。


「コマード司令官。もう一度命令をお聞かせ願えますか?」


 部下と思われる男が上官に対して不機嫌な様子を隠そうともせず命令を聞き直してくる。


「何度聞いても同じだ。我が軍は先の戦闘で多くの艦艇を失った。残存艦でこの宙域を守るのは不可能だ。だが同時にこの宙域は奪われることが許されない重要区域だ。私が援軍を連れてくるまで、貴官が指揮を執り給え。自力ワープが出来ない艦はすべて貴官の指揮下に入れる」


「私の階級は少佐ですよ。指揮官としての地位が足りません」


「特例として現時点で大佐に昇進することが決定した。おめでとう、イワモリ大佐。奮戦を期待する」


 イワモリと呼ばれた男は益々苦そうな顔をする。だが、昇進が決定したということは上層部がこの作戦を認めたということであり、自分がいくら反論したところで覆らないということでもある。そして、生きているうちに2階級特進ということは、生存確率が無いということを意味していた。低いのではなく無いのである。


 イワモリは命令を聞き終わると、もう顔も見たくないとばかりにモニターのスイッチを切り、被っていた帽子を床に叩きつける。


「あのくそったれが!逃げるならもっと早く逃げろよ!馬鹿みたいに損耗率が50%超えるまで戦うなよ!大体、まだ救命艇でこの宙域を漂っている人間だっているんだぞ」


「ですが司令官の言われる通り、この宙域は重要区域です。損耗率を無視しても、連邦が増援を送り込む時間を作ることが必要でした。私達の救出までには間に合いませんが、帝国が防備を固める時間はありません。程なく奪還されるでしょう」


 横に立つ女性が答える。美しい黒髪に切れ長の目を持つ美しい女性が答える。外見は人間と区別がつかないが、アンドロイドである。副官であり、そしてイワモリの乗る駆逐艦ユキカゼのAIの端末でもあった。更に言うなら艦橋にいるオペレーターはすべてアンドロイドだ。人間は艦長であるイワモリただ一人。これがこの時代の戦闘艦のスタイルだった。


「ああ、そんな事は分かってるさ。だが分かっているのと納得できるのは大違いだ」


 敵もはるか遠くに集結しつつある連邦軍の艦隊を警戒している。ワープゲートさえ破壊されていなければ、残存艦すべて退却できたはずである。しかし、現実はワープゲートは破壊され、自力でワープ不可能な艦は取り残されることになる。残存艦は約10万隻。しかも敵に対して最も効果のある実体弾は使い果たしている。

 敵がワープゲートを作るまでには、連邦軍の艦隊が奪還しに来るはずだが、残念ながらそれまでには残存艦隊は全滅しているだろう。

 

 この世界の戦闘艦には大きく2種類があった。自力ワープ可能な中、大型艦と呼ばれるもの、自力ワープ不可能な小型艦、又は戦闘艇と呼ばれるものである。ワープを自力可能にするには少なくとも5千メートルの全長が必要であったが、同サイズではワープ機関の無い戦闘艦に歯がたたない。

 ワープ機関は艦が大きくなったとしても、ワープの準備に時間を掛ければ、艦の大きさに比例して大きくする必要が無かった。その為、ワープ機関の割合を小さくするため最低でも10万メートルの戦闘艦が建造された。この最低の大きさが駆逐艦と分類されるようになった。それ以下は基本的に動かず、拠点防衛が主任務になる為、防衛艦、若しくは護衛艦と呼ばれている。

 総合能力的には1万メートル級駆逐艦と5千メートル護衛艦はほぼ同等の強さと言われている。体積的には10倍近い開きがあるにもかかわらずである。なので、戦闘は基本的にだが、圧倒的に防衛側が有利であった。

 だが、この星系にいる以上の戦力を差し向けられ、敗れ去った。ただ、敵がワープゲートを作って、この星系に護衛艦を送り込む前には撃退できそうなので、戦略的にはこの会戦は痛み分けというところだろう。

 死ぬのが自分でなければ冷静にそう思っていたかもしれない。敵は自力ワープできる艦を撤退させ、残存艦隊を圧倒的戦力で潰そうとしている。最も大型艦が残っていたところで戦力差が覆るわけではないので、司令官の判断が正しいのは理解できる。だが、理解できるのと納得できるのは別物なのだ。


「物にあたっていても状況は改善しません。早急に作戦会議を開くべきだと思われます」


「会議は開くさ、無策で部下を死なせるのも心苦しいからな。だが、急いで会議を開いたら生存確率が上がるのか?」


「特に変わりませんね」


「そうだろう。0に何をかけても0だ。ならば、死ぬまでは好きにさせてくれ」


 正確に言えば、生存勝率は完全に0と言う訳ではない。敵の戦闘艦が故障を起こす可能性は0ではないし、それが立て続けに起こる可能性も0ではない。もしかしたら数十万隻が一斉に故障するかもしれない。だがそんな事まで考えていたら作戦など立てているうちに戦闘が終わってしまう。なので、余りにも確率が低い出来事は、確率0%として処理される。そして当然ながら、その予想が外れることはまずない。

 この時代の戦闘は残酷だ。敵対勢力を感情のままに皆殺しにするほど野蛮ではないが、合理的に皆殺しにする。戦場で最も高価なのが人間だからだ。戦闘艦は両陣営とも無尽蔵と言って良いほど生産できる。但し兵士はそうはいかない。なので必然的に兵士の数により戦闘艦の総数が決まってしまう。そして戦略級AIは奇しくも両陣営とも、戦場での兵士の皆殺しを選択をしたのだ。自分達には負け=死の運命しか待ち受けていない。考えれば考える程頭が痛くなってくる。


「取りあえず。とっておきの酒でも飲むか。残しておいても意味がないからな。作戦会議は30分後に行う。部隊長には出席の服装、状態は問わない。裸で出ても、寝ていても、食事をしていても良いと伝えてくれ」


 ユキカゼは僅かに眉をしかめるが、命令を伝える。本来なら作戦会議は1時間後ぐらいにやりたいが、流石にそれでは本当にただの的になってしまう。気は乗らないが、最低限の反撃はするつもりだった。


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