第9話 クレシナ2

 模擬戦は冒険者ギルドから少し離れたところにある広場で行われる事になった。両者が模擬戦の開始位置に着いたときには、すでに大勢の人だかりが出来ている。

 まだ冒険者登録も済ませていない初心者の女性1人に対して、5人組のCランクパーティーだ。賭けが行われているようだが、クレシナに賭けたものは少ないようだった。


「では、始め!」


 合図とともに、リーダーの戦士の男がクレシナの頭に向けて地面に転がっていた小石を蹴とばす。当たったら儲けもの、当たらなくてもよけたら隙が生まれる。正々堂々とした戦いではないが、冒険者同士ではよく行われる行為だ。然し、そんな戦いを経験したことが無いように思えるクレシナには効果的な攻撃......のはずだった。

 クレシナは飛んできた小石を正確に、後方で呪文を唱えていた魔法使いに向かって剣ではじき返し、更に僧侶に向かっては刃をつぶした投げナイフを投げる。それも戦士に対して近づきながら。リーダーの戦士は慌てて剣を構えるが、膝を蹴られ態勢が崩れたところを、更に腹を蹴られ、後ろに控えていた槍使いの男向かって吹き飛ばされる。鎧を合わせれば100㎏を優に超える男を、蹴りで吹き飛ばしたのである。並の威力ではない。

 そして前衛に立っていた最期の男の首に剣の冷たい刃が当てられる。


「こっ、降参だ……」


 一瞬の出来事だった。もしクレシナが本来の武器を使っていたら、全員がなすすべもなく殺されていただろう。再戦する気も起きない。それほどの実力差を感じていた。


 模擬戦の開始前熱気に包まれていた観客が、一方的な試合にシーンと静まり返る。素人である街の住人でも、クレシナがただものではないと分かった。


「しょっ、勝負あり!」


 慌てて、ギルドマスターが慌てて模擬戦の終了を告げる。そうするとようやく観客たちががやがやと騒ぎ始めた。


「で、テストは終わったが。私のランクは何になるんだ?」


 女性がギルドマスターに詰め寄る。


「い、一応最高でもCランクから始めるのが決まりとなっていますので、Cランクですかね」


 クレシナに気おされて、額から流れる汗をハンカチで拭きながらギルドマスターはそう答える。


「この者達と同じだと。この私がか。では次の昇格試験を用意しろ」


 ギルドマスターに対して、女性は高圧的な態度をとる。だが不思議と不快感は与えない。まるでそうすることが当たり前と皆に思わせる雰囲気を纏っている。


「いえ、そんな事を急に言われましても……こちらにも準備というものが有りまして……」


 クレシナの迫力に気おされるギルドマスター。ギルドマスターとて、昔は名の知れた冒険者だった。年を取ったとはいえ、今でも並みの冒険者など余裕で相手にできる。だが、この目の前の女性に関しては冒険者としての強さとかそういうものではなく、人間としての強さの格の違い、というものを感じていた。ギルドマスターが困り果てていると、


「まあまあ、お嬢さん。決まりは決まりだよ。そんなに人を困らせるもんじゃないよ」


 と、一人のいかにも女性受けしそうな優男が、観客の中から出てくる。手に持った帽子の中には沢山の銅貨が入っていた。どうやらクレシナの勝ちにかけていたようだ。


「どうしても納得できないようなら、僕が相手しよう。その代わり例外措置をこれだけ立て続けに受けるんだ、負けた場合はそれなりにペナルティーを受けないといけないと思うけどね」


「構わないぞ。どんなペナルティーを課すつもりだ。お前の女にでもなれとでも言うつもりか?自慢ではないが、私は女としては最底辺に近いだろう。女らしさというものを何も身に着けておらぬし、身に着けるつもりもない。外見で期待しているなら期待するだけで無駄だぞ」


 冒険者ギルドに来た時から、とても女性とは思えない態度をとっている人物だが、外見が整っていることは自覚しているらしい。そして目の前の男性が自分を欲していると何となく感じていた。


「気の強い女性は嫌いじゃないけど、戦いでものにする趣味は無いね。それに無理やり手に入れなきゃならない程不自由はしてないしね。だけど、君の行った事は半分位はは当たってるかな。君が負けたら僕のパーティーにCランクとして入ってもらう。勝ったら直ぐにとは言わないけど、Bランクの冒険者として登録してもらうように、僕らからギルドに働きかけるさ。これでもそれなりの影響力はあるんだよ」


「リーダーも、もの好きだねぇ。わざわざ世間知らずのお嬢ちゃんの世話を見るこたぁないだろう」


 呆れた様に別の男が話してくる。優男のパーティーメンバーだろう。こちらは目深に山高帽を被って全体の顔は分からないが、目の前の優男に負けず劣らずハンサムな感じがする。恐らく服装から言って魔法使いだろう。


「ギルドマスターもそれで良いかな?もっといい方法が有るのかもしれないけど、私には思いつかなくてね」


「いえ、ローフェルさんがそう言っていただけて助かります。ローフェルさんが決めたことなら文句も出ないでしょう」


 優男の名前はローフェルというらしい。クレシナが倒した冒険者たちも、クレシナに対して向けていた憎々しげな表情を和らげ、安堵したような表情になる。ローフェルが勝つと信じて疑って無い様だ。


「そちらは二人か?他に仲間がいるのなら連れてきても構わないぞ。一度に相手してやろう」


 女性は挑戦的な視線と言葉で、ローフェルを挑発する。


「そんな無粋な真似をする仲間は居ないよ。1対1で負けたら素直にさっきの約束を守るさ」


 そう言ってローフェルは少し肩をすくめる。約束を破るつもりは無い様だが、まったく負けるとは思っていないようだった。

 ローフェルは負けた冒険者の戦士から、模擬戦用の剣を借りると、女性の前に立つ。


「さて、始めようか」


 そう言って、ローフェルは剣を構える。力を入れた様子も、緊張した様子もない。


「度胸だけは褒めてやる」


「それはどうも」


 そう言いつつ、照れたように、ローフェルは片方の手を剣から外し、ポリポリと頭を書き始める。その隙をクレシナは見逃さなかった。

 先ほどの攻撃、いやそれ以上の速度でローフェルに向かって踏み込み、首筋めがけて剣を振るう。幾ら模擬戦用の剣とはいえ、当たれば首の骨が折れ、即死間違いなしの攻撃だ。

 だが、ローフェルはそれを苦もなくよける。通常ならそんな攻撃をよけられたら隙が出来るものだ。だがクレシナは剣を振り切った後、今度は回し蹴りを叩き付ける。しかし、蹴りを放った先にはローフェルはいなかった。目標を見失った一瞬の間、クレシナの首筋に冷たい剣の刃が当てられる。先ほどの冒険者にクレシナがやったように、よほどの実力差が無いと出来ない事だ。

 クレシナは幼いころに剣の指導を受けた以来、ここまで実力差のある相手に出会ったことが無かった。悔しいと思うより先に、これ程の実力を持った相手に出会えたことに歓喜を覚える。やはり世界は広い。市井に出たのは間違いではなかったと思う。


「もう一度やるかい?」


 ローフェルがクレシナに聞く


「いや、そなたの実力を見分けられられなかった若輩者ではあるが、今のやり取りで実力差が分からぬ無能者ではないつもりだ。数々の非礼を詫びよう。確かに世間知らずは私だったようだ」


「思ったより素直だね。それじゃあ。名前を聞いても良いかな?これからパーティーの一員となることだし」


「私の名はクレアという。よろしく頼む」


 クレシナは偽名を使う。ここまでの旅で使っていた名前だ。


「僕の名前はもう知ってると思うけど、ローフェル。Aランクの冒険者だよ。と言ってもAランクになったのはごく最近だけどね。パーティーの名前は”銀月の剣”、パ―ティーランクはAだよ」


 これがAランクの冒険者か、とクレシナは思う。しかもローフェルはなったばかりだという。要するにもっと強いものが大勢いると言う事だ。クレシナはそれが嬉しくて仕方がない。


「後、口調を変えてほしいかな」


「む。敗者故努力するがそれは難しいな…...いや、難しいです……ではなく、難しい?」


 クレシナの戸惑う姿に、場の雰囲気が緩む。


「おいおいで構わないさ」


 そう言ってローフェルもその仲間もおかしそうに笑った。

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