第8話 クレシナ1

「ここが冒険者ギルドか」


 そう呟いてヴィレツァ王国の辺境に位置する都市、ハピュタの冒険者ギルドの中に入っていく女性がいた。その金髪碧眼の女性は誰もが認める様な美人であったが、不思議とドレスより、着ている鎧がぴったり合うと感じる女性だった。その女性の名はクレシナと言った。隣国であるルカーナ王国のエスサミネ辺境伯の3女として生まれた女性である。ただ今は身分を隠して冒険者になろうとしていた。

 クレシナは受付の方に向かい、受付嬢に話しかける。


「冒険者になりたい。手続きを頼む」


 クレシナは高圧的ではないが、人に命令する事に慣れている様な口調でしゃべる。


「はい。承知いたしました。初めての登録となりますと、一応試験か若しくは魔力の測定を受けて頂いてランクを決めていただく必要があります。最低ランクのHランクならば何も条件はありませんが、失礼ですが見た限りそんな低ランクで収まるような方ではないですよね」


 冒険者ギルドの受付嬢といえば、この世界の女性がなる職業の花形である。容姿は勿論の事、人物の観察眼も優れていなくては受付嬢など務まらない。


「それは構わないが、オーガを倒したらCランクになれると聞いたのだがな。証拠の首は持ってきたぞ」


 そう言って、クレシナはポーチの中から何処にそんなものが入っていたのか、と思えるような大きな生首を取り出す。


「収納バッグ……」


 収納バッグとは、収納魔法には及ばないものの、見た目よりはるかに大量の荷物を入れることのできるマジックアイテムである。高価なものであるし、出回っている数も少ない。そんじょそこらの冒険者が手に入れられるような物ではない。

 受付嬢は取り出された生首より、クレシナがそれを持っていることに驚いた。


「すみません。失礼しました。そのテストの内容はパーティーのランクを決める基準の一つで、個人のランクを決めるものではありません。それに、これも失礼かと思いますが、あなた様が倒したという証拠もありません」


 多分目の前の女性は嘘は言っていないと思うが、軽々しく信用する訳にもいかない。貴族が箔を付けるため、他の冒険者を雇って、倒した首を持ってくる場合もある為だ。


「死んだ者の頭を覗く魔法があると聞いたが……」


 クレシナは少し戸惑ったように言う。てっきりCランクになる条件は揃えたと思っていたのだ。


「それは人間の死者だけです。モンスターの思考を読むことが出来る人なんて、一握りの人だけですよ。勿論この街にそんな人はいません」


「そうなのか。では、試験を受けることにしよう。パーティーとしてのランクの試験も兼ねてほしい。つるむ気は無いのだ」


 そうクレシナが言うと、受付嬢はまた驚く。


「初めて冒険者になるのに、パーティーを組まずソロで活動されるつもりですか?」


 ソロの冒険者というのもいる事はいる。だが、多くは高ランクの冒険者だ。それも最初からソロ活動をしていたわけではなく、殆どは年長者のベテランパーティーの元で力をつけ、ベテランパーティーが引退した後にソロになったものが多い。そしてソロの冒険者と言っても、完全にソロで活動する者は多くなく、依頼によって他の者とパーティーを組んで仕事をするのが普通だった。


「おいおい、お嬢ちゃん。どこのお貴族様のご令嬢様か知らないが、ちょっと冒険者ってものを甘く見過ぎじゃないですかい」


 ギルドの酒場のスペースにいた冒険者の1人がそう声を掛けてくる。装備や雰囲気からいってそれなりのランクにいると思われる冒険者だ。


「足手まといが増えて何になる?何ならそなた達のパーティーを纏めて相手にしても構わん」


 クレシナは冷たく言い放つ。


「おいおい、そりゃ、流石に聞き捨てならないな。俺達はCランクのパーティーだ。Cランクってのは、Cランクのモンスターと同等って意味じゃねえ。Cランク冒険者ってだけならそうだがな。Cランクのモンスターをある程度余裕をもって倒せる実力が無ければなれねえんだよ。同等なら、依頼の度に被害が出て、直ぐにパーティーが解散になるからな。

 初心者に、そこまで言われてすごすごと引き下がったんじゃ、俺達の面子がねえ。ここはひとつテストの代わりって事で、俺達と模擬戦をやってもらおうかな」


「私は構わん。雑魚が何人集まろうと、雑魚は雑魚だ」


「ちょっ、ちょっと待ってください。ギルドマスターに話をしませんと。勝手に決闘なんかしたら駄目ですよ」


 受付嬢が慌てて止めに入る。受付嬢は何とか両者を言い含めて、ギルドマスターに相談に行った。

 暫くして、ギルドマスターと思われる初老の男性と共に受付嬢が下りてくる。


「ええっとですね。特例ではありますが、テストとして模擬戦を認めることになりました。ただし、武器はこちらで用意する模擬戦用の武器を使用したんものとなります。また即死系の呪文を使用するのは禁止です。よろしいですね」


 このような特例措置が設けられたのは、クレシナがどこか高位の貴族の令嬢、若しくは関係者と思われることが大きかった。冒険者ギルドは国に対して中立を謳ってはいるが、あくまで表向きであって、全く無関係ではいられない。


「それでいい」


「ああ構わないぜ」


 両者がそれぞれ、頷く。こうして次の日に模擬戦が行われることになった。

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