第4話 ルークの正義
――最低な人間。
ヒーローが産まれる前から、そう呼ばれる人間たちは確かにいた。けれど、それらの人間は国ごとの司法で、国ごとの罪状で、国ごとに裁いてきた。
殺す。確かに死刑という刑罰を選択している国もあった。しかし……
「人間を殺す。って何? 殺さなきゃいけないほどの人間が、未だに野放しって事なの? どうなってんのこの地域」
はるか昔、それこそジャスティスが発足した頃に、真の悪人と呼ばれる人間たちは粛正された。今残っている悪人は、小悪人を脱しない小物ばかりのはずだ。
そんな小悪人を正す事。それを意義とする組織が『リヒティローダー』のはずだ。
「ふっ。その疑問はもっともだよな。ま、道中説明してやるさ」
鳶色の外套を翻し、きざったらしく答える。
――めんどくさそうな奴だ。言葉にはしなかった。
「……これからどこに行くの?」
「行き先は簡単だ。オールドナークシティの北部ハンナムという地域さ。現世界最高峰のクソ共の掃き溜めだ。」
ルークは吐き捨てるように言う。どこか苦し気な表情にも見えた。
「……掃き溜めって。逃げてやってきた人もいるんでしょ?」
オールドナークシティのような廃退を辿った町は、汚い心を持った力ある人間と、弱い人間が共存を強いられる。このような町は今や世界中にあった。
「……マオ君は優しいんだね。ただ間違えちゃいけないよ。弱い人間が良い人間とは限らない。そして、それらを判断するのは僕らヒーローではない。人間達だ」
その言葉に、不愉快を隠せず、眉間にしわを寄せる事を止められなかった。
人間とヒーローのいびつな関係が垣間見えた気がしたからだ。
オールドナークシティ北部ハンナムに向かう道中。
天を貫く多くのビル群からは、微かに人の存在が感じられる。
アスファルトを貫き巨木が生え、ゆっくりと人の領域が自然に帰りつつあった。
「ここだけ、ずいぶんと廃れているね。どうして?」
「……そうだな。どこから伝えようか」
ルークは一つ考えるようなそぶりを見せ、語り始めた。
人間の世界は、国と呼ばれる人種、文化、政治等、様々な要因で創り出された共同体、制度を持った総体が、独立性を備え独自の政府を持ち、それぞれの地域を統治してきた。
それらの国が互いに交易し、時には戦争を行っていた。本腰を入れれば世界が滅ぶほどの力を持っていた人間たちは、滅ばない程度に血を流し続け、懐を潤わせていた。
「……そこまでは知ってる」
「まぁまぁ。もう少し付き合ってくれ、ヒーローが産まれたところから続きを話そう」
ヒーローが産まれ、戦争という手段を選んでいた人間は粛正された。宗教を信じ、ヒーローに戦争を挑んだ国家は滅ぼされた。襲い掛かってくる人間を殺して回ったのが、初代世界統治者の存在さ。
彼が殺した人間は一部の地域が立ち行かなくなるほどの数だった。
オールドナークシティもその例に漏れない。
政府は滅び、庇護を受ける相手を失い、流通も消え、自給自足を強いられ、ヒーローに面倒を見てもらいながら、どうにかこうにか生きている地域。世界に見捨てられた地域。
「それが、このオールドナークシティさ。昔はとても美しい街だったそうだよ。しかし、見てくれよこのビル群。まるでアリ塚の様だと思わないか? これだけ高いものを作り上げて、そこに巣食う」
ルークは狭くなった空を見上げながら吐き捨てた。
「……このビル群に関しては、単に土地の有効活用だと思うけど」
このルークという男は人間の事が嫌いなのだろう。人間に対しての感情が悪印象にまみれている。
「……あんた、もしかして人間が嫌いなの?」
……私自身、人間の事を良くは知らない。けれど、ヒーローという存在は、人間を守ってやるために産まれたような存在じゃないのか。我が家にあったアニメDVDには正義の味方という表現がされていた。
「そうだね。……僕らの正義は、人間に対して、無償の愛を与える様なものでは無いんだ」
「……」
ヒーローが好んで使う言葉――『正義』。
その千差万別の色合いに辟易していた。
見る角度によって色を変える。そんな『玉虫色の正義』が嫌いだった。
だからこそ、世界を知らなくてはならない。
「あんたの正義って、一体なんなの?」
「ふふっ、マオ君は思春期真っ最中の様だね。まぁいい。応えてあげるよ。シンプルに伝えるなら、僕は他人を傷つけるものこそが悪だと考えているよ。それを止める事こそが正義だと思っている」
「……そうですか」
弱きを守る。それはヒーローらしい理由だと素直に思う。
「参考になったかな?」
「……」
応えない。ルークの言葉は間違っていないはずだ。しかし、何かが胸につかえる。
「……まぁいい。それじゃ行こうか」
そんな様子の私に、ルークというヒーローは言う。
私はここで、人間を。 そしてヒーローを知る。
ニュー・ワールド・オーダー アサノ ヒカリ @mi-tsu87
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