第4話 咲人先輩

私は、昔から独りだった。

別に、友達が欲しかった訳でもないし、独りでもさほど辛いと感じず、むしろ、面倒事が減ってうれしいとも思っていた。

周りからの私の評価はかなり酷く、冷酷で、何を考えているのか分からない。など、よく言われた。

それでも、周りの評価は気にならなかったし、表面だけで私を勝手に評価する人と仲良くなろうとも思わなかった。

高校を入学してから、彼女に出会った。

名前は、渡辺彩羽。

彩羽さんに対して、私は初対面の時にかなり酷い扱いをした。

あの時は、かなり遅刻していたし、ヒカリ高校のテニス部に入りたくて入学したのだから、朝練しているテニス部をこの目で見たかったのだ。

彩羽さんは、きっと、元々私の事がとても嫌いだったと思う。

私をちらっと見る目は、まるで''人間じゃない何か''を見ているような目をしていた。

でも彼女は、私がいると分かっていながらもテニス部に入部した。

正直、かなりびっくりした。

私と話している時も、かなり嫌そうな顔をしていたし、態度も酷かった。

だから、どうせテニス部の体験入部にも来ないだろうと思って挑発を少ししたら、私と同じくらいの時間に来たのだ。

彩羽さんとペアになると、勝手に顧問に決められた時、その時もまた、彩羽さんは嫌な顔をした。

私は特に、何も思わなかったけど、相当嫌われてるな。と思った。

けれど、体験入部初日で、私に対する態度が変わった、というより、私も彩羽さんに対する態度を変えたのだ。

最初は、特に彩羽さんの事を好きでも嫌いでもなかった。私を嫌っている人、としか認識がなかったのだ。

けれど、少し話していくうちに、彩羽さんの内面はきっと、心優しくて澄んでいる人なんだと分かった。

いつも私と一緒にペアになって、というか勝手に決められたペアは、強かったけれど、完璧に私のことを嫌っていた。

確かに私は、1番テニス部の中で上手だった。

それで、冷酷な人間なら、嫌いになる人も多いと思う。

でも、彩羽さんは、嫌いなりに私にぶつかってきたり、初心者なのにかなり度胸があると思った。

そういう所に、惹かれた。

友達になりたい人が、初めて出てきたのだ。

自分でも、こんな簡単に友達になりたい人が出てくるのは、びっくりした。

けれど、彩羽さんと連絡先も交換したし、向こうもそれから、嫌そうな顔はしなくなった。


私は、自分で言うのはよくないと思うけれど、異性によくモテる。

告白は、ほぼ月イチだった。

名前も顔も知らないような人から告白されたりすることは、日常茶飯事だったけれど、その中で好きになった人や、付き合おうと思える人は全くおらず、まだ、年齢=彼氏がいない歴 と言う奴だ。

けれど、ヒカリ高校に入学し、初めてテニス部の朝練の時に見た、先輩。

噂で聞くと、咲人先輩というらしい。

少し、見惚れた。

きっと、あの部活の中で1番テニスが上手な人は、咲人先輩なのだろう。

男女関係なくモテ、誰にでも変わらず優しい。

それは、初対面の私にも変わらず優しくしてくれた。

初めて話しかけた時、それは、見惚れてしまった時だった。

「あの、初めまして。

1年の、蓮水凛と言います。

テニス部に必ず入部するので、入部したら、私にも教えて下さい!」

咲人先輩は、かなりビックリしていた。

私も、ビックリした。

普段、こんなことを言ったりすることはないし、むしろ、こういうことは初めてだ。

とても心臓が高なった。うるさいくらいに。

「うん!

凛ちゃんね、覚えとくよ。

俺、細田咲人。

入部したら、教えるね。」

彼は、私に柔和な笑みを向け、友達の元へ去っていった。

その日から私は、咲人先輩のことを目で追うようになった。





今日から体験入部が終わり、初めての部活だ。

私は、凛とペアだから、少し緊張はほぐれているけど、やっぱり先輩、特に咲人先輩に見られながらの練習は、かなり小っ恥ずかしいものだった。

咲人先輩が、私のことをまだ覚えているのかは不明。

けれど、どちらにせよ、恥ずかしいことには変わりない。

「凛、おはよ」

凛に挨拶をすると、一括りにしているサラサラな髪を靡かせ振り向き、私を見つけると、「おはよ」と言い放ち、ニコッと笑った。

内容が薄い話をベラベラと駄弁りながら部室へと近づく。

すると、部室の前には咲人先輩と、その友達らしき人が話をしていた。

私は、少しドギマギしながら前を通ろうとする。

「あっ、」

咲人先輩の声が、耳に突然入る。

ビックリして、咲人先輩の方に目をやると、

「凛ちゃんだ、おはよ!

ほんとにテニス部、入ってくれたんだね。ありがと!」

咲人先輩は、凛へ話しかけていた。

私は、正直困惑した。

どうして凛が?

凛と咲人先輩、そんなに仲良いの?

咲人先輩は、優しそうで柔和な笑みを向けながら、凛の目をじっと見つめる。

私は、他人事なのにどこか緊張して、凛の返事を待っていた。

「おはようございます。

はい、入りました。今日からよろしくお願いします!」

凛は、私が見た事のない顔で咲人先輩を見つめていた。

凛に、嫉妬した。

「うん!

あれ?よーくみたら彩羽じゃん?

彩羽もテニス部なんだ!あ、凛ちゃんと仲良いの?」

私のことは覚えてないもんだと思っていたから、唐突に話しかけられ身体が跳ねる。

「あ、はい…!

咲人先輩、お久しぶりです。

凛とは、同じクラスで…友達です。」

凛は、心做しか嬉しそうに此方を見た気がした。

「そうなんだ。

部活がまた、楽しくなるなー…。

2人とも、これからもよろしく!」

私と凛は、ニコッと笑い、お辞儀した。

自分達のロッカーに向かい、咲人先輩が居なくなった事を確認する。

「ねぇ凛、いつの間に咲人先輩と仲良くなったの?」

凛は、ビックリして此方を見たかと思えば、頬を少し赤らめた。

「いや…特に仲良くなったとかではないんだけど。

初めて会った時、この部活に入るっていう宣言をしてなんか覚えられたというか…」

凛は、いつもより早口になりながら、あわあわとした表情で必死に説明する。

「それよりも…

彩羽さんも、咲人先輩と、仲良かったんだ。」

凛が不思議そうに此方を見つめた。

私は、また心臓がドクンと鳴り、少しだけ居心地悪くなる。

「まぁね…

仲良かったというか、少し面倒見てもらってた程度。

小学校の頃、親が仲良くて割と遊んだりしてたから…」

凛は、へ〜!と楽しそうに話を聞く。

いつもよりも、活気があると思ったけれど、テニスが出来るからなのかな、と思った。

その時、向こうから顧問の声が聞こえた。

「はーい、じゃ、みんな集まってねー。」

皆は、顧問に走って近づき、目の前で整列し座った。

「じゃ、今日から新部員は7人、増えました。

普段は男女混合じゃないんだけど…

なんせ、今年は入部してきた人が少なくってね…

多分今年は、男女混合が増えると思う。そこの所、よろしくね。

とりあえず、2年生は、1年生を教えてくれるかな。」

顧問が話終わるとほぼ同時に、2年生は元気よく返事をする。

咲人先輩は、2年生だ。

だから、もしかしたら私は咲人先輩に教わるかもしれない。

ぼーっと考え事をしていると、唐突に肩を叩かれた。

「ねぇ、俺、1年に知り合い居ないからさ〜…

俺と、あいとで2人教えるから。

これから宜しく。」

あいと、と呼ばれる人はキツネっぽい顔をしていて、ニコニコしながらお辞儀をしてくれた。

それよりも、私が咲人先輩に教わるなんて。

テニス部に入ってよかったと心から思った。

凛は、どうやら私よりも嬉しいようで、顔にとても出ていた。

「是非、お願いします」

私と凛は、声を合わせ、返事をした。





「じゃー、とりあえず、2人の実力知りたいなぁ。

確か、凛ちゃんは経験者だよね。

彩羽は未経験者ね、おっけー!

じゃ、壁打ちして欲しい!」

凛が、先にやりたそうだったので、お先にどうぞ、と譲る。

壁打ちは、凛に教わったから、少しは出来るだろうと安堵した。

凛は、相変わらずフォームが綺麗で、本当に見惚れてしまう程だった。

パンッ!

大きな音が響き、ボールは跳ね返ってくる。

「凄いな…

凛ちゃん、結構上手だったみたいだね。

次、彩羽。」

この後に未経験者の私がやるのは、かなりハードルが高い気がするけど、全力を尽くす。

凛のフォームを見たままに真似て、教わったとおりにラケットをギュッと握り、ボールを…

パンッ!

1週間ほど練習をしていたせいか、かなり初心者にしては上手いと自分で思った。

「彩羽も未経験者にしてはかなり上手。

伸び代あるね〜

じゃあ、初っ端だけど、とりあえず簡単に彩羽と凛ちゃんでお遊び程度にしてみな!」

これも、凛と少しやったことだから、壁打ちより自信がある訳では無いけど、自信が無いわけではなかった。

凛はやっぱりかなり上手だったらしく、私には到底見合わないペアだと思うけれど、凛はそれでもいい。と言ってくれて嬉しい。

先輩に見られながらするのは、やはり緊張する。

額から吹き出た汗を拭きながら、テニスコートに入る。

凛からサーブをするらしい。

凛は、壁打ちの時のように綺麗なフォームでボールを打った。

お遊び程度なのは分かって居ても、やはり初心者には少し厳しい。

ラケットをギュッと握り、狙いを定めてボールを返す。

それは、凛みたいに綺麗に返せれず、ひょろひょろとしたボールだった。

長い事部活をし、終了時間となる。

咲人先輩と久々に話せて、とても気分が高揚した1日だった。

汗でベタベタな身体を、制汗シートで拭く。

「今日、楽しかったね。

咲人先輩も、凄く優しかった。

テニス、これからも頑張ろうね。」

凛の目は、とても輝いて見えた。

「凛ちゃん」

後ろから、咲人先輩の声が聞こえた。

凛は、ビックリして振り返る。

「連絡先、交換しない?」

ドキッとした。

自分事では無いのは分かっている。

分かっているのだ。

でも、とても心が苦しかった。

咲人先輩の連絡先は、私も持っている。

持っているから、聞かれないのも、凛だけ聞かれるのも分かる。

でも、やっぱり好きな人が友達に連絡先を聞いている場面を見て、苦しまない人はいない。

凛の方に目をやると、とても火照っていた。

暑いからだろうか。

「もちろんです…!」

凛は、鞄からスマホを慌てて取り出し、咲人先輩に近づいた。





家に帰る道中、咲人先輩からメールが来た。

「凛ちゃん、本当に上手でびっくりした!

俺が教えることなさそうだわ笑

今日はゆっくりやすんでね〜」

ニヤニヤが止まらなかった。

私は今まで好きな人ができた事無かったから、こういう事に慣れていない。

けれど、こういうふわふわとした雰囲気というのは、ここまでも気持ちがいいものなのかと知ると、もっと早く知りたかったと思った。

今日帰り道、明らか彩羽さんの私に対する態度がおかしかった。

どうしてそうなったのか、理由は分からない。

けれど、絶対に私と距離を少し置いていたのが分かった。

いつものような笑顔じゃなく、愛想笑いのような、笑っていても目はどこか違う方を見ているような。

そんな雰囲気だった。




凛とバラバラになった後、私は1人になり、電車に乗る。

イヤホンを付けて音楽を聞こうとすると、後ろから小さな話し声が聞こえた。

「凛ちゃん、ガチで可愛いしスタイル良くね?」

咲人先輩だった。

それに、凛の事を話しているようで、心臓が高鳴る。

傷付くのは分かっていても、少しだけ耳を傾けた。

「まぁな〜。

咲人、凛ちゃんの事好きなん?」

キツネっぽい顔をした咲人先輩の友達が、直球で聞く。

自分のことでは無いけれど、かなり緊張して唾を飲み込んだ。

「いやー?

好きとかじゃないけどさ、スタイルいいし。

明らか脈アリじゃん?

早めに告白してヤりてーなーって

あーほら来たよ、凛ちゃんメールの返事早っ笑」

一瞬で私の顔が固まったのを感じた。

もし本当に、凛が咲人先輩の事を好きなら。

そして、告白を了承したら。

身体から血の気が引いた。

咲人先輩が、そういう事を言う人だとも思わなかったし、とても幻滅した。

それよりも、凛が心配だ。

直ぐにメールで凛に言おうと思ったけれど、咲人先輩はほぼ後ろにいる。

私の存在に気付かれて、チクったのを見られたらと思うとゾッとし、1度深呼吸をした。

こういうことは、メールじゃなくて電話で言おう。

そう思い、人混みをかき分け後ろの車両へと移動した。




「もしもし、どうした?」

唐突に彩羽さんから電話がかかってきて、少し動揺する。

電話で話すのは初めてで、声が若干裏返った。

「あの…

凛にはものすごく言いづらい話なんだけど、いまから話すことは真実だから、聞いて欲しい。」

彩羽さんは、とても深刻そうな声色で話し、大切な話なんだろうと思い小さく「うん」と頷いた。

「咲人先輩が…

凛の事、性的に狙ってる、と思う。

今日、凛と別れたあと、咲人先輩がいて…。

好きじゃないけど、脈ありそうだから告白してヤりたいって。

もし、告白されても了承したら…そういうことになっちゃうよ…?

だから、もし咲人先輩が好きならやめた方がいいと思う。」

嘘だ、と思った。

今日、帰り道、彩羽さんは明らかに私への態度がおかしかった。

きっと、私が咲人先輩を好きなのを察して、彩羽さんも咲人先輩が好きだから、嘘をついて諦めてもらおうだとか、そう思ってるんだと思った。

「嘘だよね。」

「嘘じゃない、凛のためを思ってる。」

私は少し苛立った。

彩羽さんが、そんな人だと思わなかったから。

「凛のため?

彩羽さんが、咲人先輩を私に取られたくないからじゃないの?」

咄嗟に、言いすぎた。と思った。

けれど、遅かった。

「…

本当に凛のためを思ったのに。

私の信用ないんだ、切るね。

じゃ、また。」

電話がプツッと切れた。

確かに私も言いすぎたと思ったけれど、絶対に嘘だと思ったから、自業自得だろうと思った。

咲人先輩は、私に優しくしてくれた。

初めて私が好きになった人、だから絶対にそんなクズな筈がない。

そう思い、今日は一度に色々なことが起きたせいか、気が付いたら、眠っていた。



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女の子は、ダメですか。 ねこかぶり @tmn13

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