第3話 好き

学校から家までの帰り道、私は1人になった事を確認してから、ガッツポーズを決めた。

「友達作れたぁあああ!!!!」

そう、私は高校デビューに見事成功した。

後ろの席の彩羽ちゃんこと、いっちゃんと仲良くなれたのだ。

それに、いい子そうで、顔が可愛い子と。

私は中学生の頃、友達が一人もいなかった。

典型的な根暗陰キャ、話しかけられても緊張して話せず無愛想。

すると、徐々に私は自分の物が無くなっていく事に気付く。

最初はただの自分のおっちょこちょいだろうと思っていたけれど、日に日にそれはいじめだと確信した。

物を必死に探す私を一軍の女の子達は嘲笑う。そんな日々に耐え切れず、私は卒業するまで約2年間、不登校になった。

高校は同級生が全く居ない所に行って、素の私を知らない所に入学し、絶対にいじめられない、そんな容姿と性格を手に入れる。

そう決意し、ひきこもりながら垢抜けようと努力した。

そしてずっと憧れた高校デビュー、それが面白いくらいに成功したのだ。

我ながら、天才だと思った。

自然に話せたか、陰キャっぽくなかったか、何度も何度も頭の中で思い出す。

けれど、やっぱり自然に話せていたと思った。

それと、担任の先生がとてもかっこよく、爽やかな先生だった。

私は、異性を好きになったことがないし、好きという感情が分からない。

だから、これが恋愛感情なのかは分からないけど、明らか初対面で先生への好感度は高かった。

いっちゃんの第一印象が、最初は少し冷たい子なのかな、と思った。

けれど、話すと全然そんな事はなく、むしろ気が合い、話しやすかった。

「ほんっと、努力ってちゃんと結果に出るんだ…」

かなり嬉しくて、ニヤついてしまう。

中学時代、運動神経だけは良く、特にバレーが好きだった。

けど、不登校になったこともあり、部活にはもちろん参加しなかった。

クラブチームに入っていたので、それがあったからまだバレーができていたけれど、なかったらと思うと少し怖くなる。

1人で考え事をしていると、もう家に着いたようだった。





「あ、いっちゃんからメール……」

夜、パックをしていると、1件の通知が来た。

確認すると、いっちゃんの様だった。

''ゆっちゃん、凛ちゃんと少し仲良くなれたかも(*´∀`*)''

いっちゃんのメールを打つ時の癖は、かなりふわふわしていて、顔文字が可愛い。

女の子らしいと思った。

それよりも、凛ちゃんと仲良くなれただなんて、良かったな。と思ったすぐ、ふと新たな思考が過ぎる。

もし、凛ちゃんといっちゃんが私といっちゃんより仲良くなったら?

友達なのに、こういうことを考える私は、根からの性悪女だなと思う。

けれど、折角できた友達が、失われると思うと、かなりしんどかった。

慌てて既読を付け、文字を打つ。

「そうなんだ、良かったね!……ってなんか違うか…?」

何度も何度も文字を打ち、消し、を繰り返す。

最終的に、良かったね!だけになってしまった。

やっぱり根は陰キャだ、と気持ちが沈む。

夜に悪い考え事をすると、静かなせいか頭の中でずっとぐるぐると居続ける気がする。

私はパックを顔から取り、パンっと手で叩く。

「友達の幸せは、喜ばなきゃダメだよね…」

そこから私は、耳にイヤホンをつけ、大好きなアイドルの曲を聴いて悪い悩みを端の方に寄せた。




ジリリ…ジリリ…

うるさいアラームを手で止め、むくりと起きる。

昨日の夜、すぐに寝てしまったようだった。

学校が始まってから、寝る時間がかなり増えた。

新しい環境は苦手だし、何より学校は二年ぶり。

そりゃ、眠くなるよな。と自己完結をする。

家族は全員仕事に行ってしまった。

階段をのろのろと降り、洗面台へと向かう。

朝起きたらすぐに洗面台で顔を洗わないと、気持ちが悪いのだ。

冷たい水を顔にバシャバシャとかけると、浮腫がとれる感覚がした。

顔を拭き、リビングへと向かう。

ご飯は用意されていないようで、トーストを自分で用意し、トースターに入れる。

今日はイチゴジャムの気分だったので、冷蔵庫からイチゴジャムを取り出し、机にそっと並べた。

朝ほど憂鬱な時間はないけれど、また新たに日を重ねる為の準備時間だと思うと、楽しくて好きだ。

ボーッと考え事をしていると、トーストが焼けた様だった。

トースターから熱々のトーストを取り出し、皿に入れ、イチゴジャムを塗る。

食べた瞬間に口に広がるイチゴの匂いが、私を笑顔にさせた。

時間を見ると、いつもより遅かった。

はやめにトーストを飲み込み、今度は歯磨き。

歯磨き粉を口に含んだまま深く息を吸うと喉にスーッとした空気が入り、とても苦手だ。

早めに歯を磨き、今度はナチュラルなメイクをしていく。

私はこの時間がとても好きだ。

自分がどんどん可愛くなっていくのを見るのは、楽しくて仕方がない。

ルンルンと鼻歌を歌いながらメイクをする。

今日は化粧ノリがとても良い。昨日、パックをしたからだ。

早めに終わらせ、制服にぱっと着替える。

バックを持ち、勢いよく玄関へと走る。

「行ってきます!」

扉をぐっと押し、外に出て、鍵を閉めた。

電車に間に合わないと面倒なので、走って駅へと向かった。




電車に乗ると、見覚えのある制服があった。

よーく見ると、凛ちゃんだった。

昨日の夜のこともあり、少しだけ気分が落ちる。

具体的に何があったのかは分からないけれど、やっぱりいっちゃんを取られたくないと心から思った。

けど、話しかけないのもなんだかなと思い、勇気を出して話しかける。

「おはよっ!…凛ちゃんだよね?

話すのは初めてだね!」

凛ちゃんにニコッと笑いかけると、露骨に嫌な顔をした。

中学時代の私を見てる気分だった。

「あー…うん、柚夏さんかな…

同じクラスだよね、よろしく。」

つけていたイヤホンを耳から外し、嫌そうな顔をしながら目を合わせてくる。

澄んだ瞳に吸い込まれそうだった。

少し凛ちゃんに見とれてしまい、慌てて口を開く。

「うんっ!

いっちゃ…彩羽ちゃんと、同じ部活だよね?」

いっちゃんの名前を出すと、凛ちゃんは少し目を大きく開いた。

「うん、そうだよ。

彩羽さんとは…ペアなんだ。」

頭をかき、少し恥ずかしそうに笑う。

いっちゃんの話をすると、こういう顔をするんだ。と少し嫉妬した。

それに、ペアだなんて知らなかった。

だから仲良くなったんだな、と少し苛立つ。

「そうなんだ…!

いっちゃんから少し話聞いた。

あ、彩羽ちゃんね…!」

凛ちゃんは、少しビックリした表情で、笑った。

「仲、良いんだね。

いっちゃん…って呼んでも気にしないから大丈夫だよ。」

意外と、凛ちゃんはコロコロと表情を変えるな、と思った。

冷たいイメージだったけど、いっちゃんの話を持ち出すと、ここまで雰囲気が変わるとは。

電車が駅に近づくと、徐々に電車のスピードが落ちる。

「その、ついでだから一緒に学校行かない?」

勇気をだしてもう一度話しかけると、凛ちゃんは少し笑顔になり、頷いた。

電車の中は少し満員気味で、電車から出る時は若干苦労した。

凛ちゃんは、これに慣れているようで、スルスルと人と人の隙間へと入っていく。

私も、田舎の人だと悟られないように必死に凛ちゃんに着いていった。




駅から出ると、4月にも関わらず、太陽がジリジリと肌を焼き付け、額に汗をかいた。

駅から離れると、徐々に人は少なくなる。

凛ちゃんと私は、特に口も開かず、ただただ2人で心地よいペースで歩く。

何故か、居心地悪くはなかった。

凛ちゃんをちらっと見ると、凛ちゃんもさほど気にした様子は無いようだった。

「…柚夏さん。」

唐突に左から声がし、ビックリして横を見ると、

「柚夏さんのこと、正直苦手なタイプだと思ってたけど、意外と一緒にいて居心地いい。

これからもよろしくね。」

意外とってなんだ。と思ったけれど、それよりも嬉しさが勝った。

また新たに友達が増えそうだな、と思い

「うんっ!

凛ちゃん、よろしくね!」

肩をポンッと手で触ると、こちらをちらっと見て、ニコッとした。

すると、目の前に、いっちゃんらしき人がいることに気づく。

凛ちゃんも、同時にいっちゃんの存在に気付いた様だった。

「いっちゃーーん!」

大声で呼ぶと、いっちゃんがこちらをちらっと見たと同時に、周りの人もこちらをちらっと見て、少しドキッとする。

いっちゃんは、こちらを見たかと思えば、少しびっくりした様子でこちらに駆け寄る。

「おはよ。

あれ、凛もいる、どうして?」

不思議そうに私と凛ちゃんの顔を何度も見る。

「朝、柚夏さんと会ったの。

色々あって今、一緒に登校することになって。

そしたら…彩羽さんがいたから。」

凛ちゃんがいっちゃんの顔をじっとみながら説明をする。

何故か、また嫉妬した。

いっちゃんは、たちまち笑顔になり、

「そっか。

私と仲いい子同士が仲良くなるのは嬉しいな。」

いっちゃんはニコッと笑う。

私と凛ちゃんは顔を見合わせて笑った。

そのまま3人で並び、学校へ向かった。




学校に着くと、凛ちゃんはそそくさと自分の席へ座り、準備をした後、読書をした。

準備はやっ…。

「いっちゃん、凛ちゃんが優しそうな子で安心したよ!」

「うん、ゆっちゃんも気が合いそうで良かった。

昨日ね、色々あったんだけど、最終的に仲良くなったんだ。」

いっちゃんの笑顔を見て、また胸がギュッとなる。

「…そうなんだ!

あっ、私トイレ行ってくる!」

いっちゃんが、不思議そうな顔をして、頷いた。

私は小走りでトイレに向かう。

私は自分の酷い所に気付いてしまった。

凛ちゃんと私は、もっと仲良くなりたい。けど、凛ちゃんといっちゃんが仲良くなるのは、許せないんだ。

なんて非道的な人間なのだろうと、悲しくなる。

いっちゃんと凛ちゃんが楽しそうに話しているところをもう一度想像して、胸が苦しくなる。

「折角できた友達なのに…」

周りの目も気にせず、独り言を言う。

私の中でいっちゃんは、かなり大切な人になっている。

初めて私と仲良くしてくれた友達。

その友達を失ってしまうかも、という悪い考えばかりが頭に過ぎる。

トイレの鏡を見ると、目が腫れていた。

泣いたつもりはなかったけれど、いつの間にか泣いていたようだった。

メイクが崩れるのが嫌で、慌てて涙を拭く。

いっちゃんの笑顔をもう一度思い出す。正直とてもしんどかった。

時間を見ると、かなりギリギリ。

1度トイレの個室に入って落ち着いたらもう一度教室に入ろうと決めた。





教室の前まで来てしまった。

少しだけ深呼吸をして、扉を開ける。

クラスメイトは、既に律儀に座っていた。

息を整えながら、自分の椅子へ戻る。

「ゆっちゃん、遅かったね。

時間に間に合って良かった。」

いっちゃんが話しかけてくれた。

私は慌てて笑顔を作り、ニコッと笑い頷いた。

私が座ったと同時に、先生が教室に入る。

ざわざわとしていた教室は、少し静まった。

先生の声が耳に入らない。

明らか、私の気分が下がっていると自分でも痛いほど分かった。

どうやら、休み時間になったようだった。

「ゆっちゃん、なんか今日元気ないね。

体調悪い?保健室行く?」

いっちゃんが心配した様子でこちらを見た。

「いや、大丈夫!

そんな元気ないように見える?眠いだけだよぉ!」

ブンブンと顔を横に振り、ガッツポーズをした。

いっちゃんは少し首を傾げた後、ニコッと笑った。





今日は、全く勉強も頭に入らなかった。

今から部活だけれど、多分、やる気が全く出ないと思う。

いっちゃんと今日は一緒に帰る約束をした後、いっちゃんは凛ちゃんの方へ向かった。

また涙が出そうになるのを堪え、体育館へ早足で向かった。





「はい、今日はペアを決めて、そのペアで一緒にレシーブなどの練習を行います。」

先生の大きな声が体育館に響いた。

その後すぐ、みんなの返事が体育館に響き、私も慌てて返事をする。

こんな時にペア決めなんて、昔を思い出すようで少し苦しい。

ボーッとしていると、話しかけられた。

「ねぇねぇ、一緒にやらん?」

後ろを見ると、ボーイッシュでさっぱりした子がボールを抱えていた。

「うんっ!いいよ!

名前は?」

慌てて返事をする。

「うち、齋藤優希!

よろしくね!」

「なら、ゆうちゃんかな〜!

私、八色柚夏!

よろしくね!」

ゆうちゃんは、はははっと大きな声で笑った。

「ゆうちゃんなんて初めて言われたわ〜!

柚夏、改めてよろしく!

んじゃ、うちと一緒にレシーブの練習しよか〜。」

気持ちが沈んでいた時に、元気で爽やかなゆうちゃんに話しかけられて、少し気持ちが楽になった。

「んわ、うまっ!

柚夏、ふわふわしてそうで意外とうちと同じくらい上手やん!

うち、こう見えてバレー上手いんだよ?!」

はははっとまた笑う。

この笑い方に、私も釣られて笑う。

「そんなことないよ!

まぁ、私もバレー好きだったからさぁ〜。これからペアとしても、ライバルとしても、一緒に頑張ろうね!」

ゆうちゃんは、ニッと歯を見せて笑った後、頷いた。




部活が終わり、校門でいっちゃんを待つ。

すると、凛ちゃんと一緒にいっちゃんが来た。

「じゃ、今日はゆっちゃんと帰るから。

またね。」

いっちゃんは、凛ちゃんに手を振る。

凛ちゃんは、私といっちゃんどっちにも手を振り、私も手を振った。

「ゆっちゃん、やっぱりなんかあったよね。

今日、ずーっと話しながら私じゃない所見てたし…

あ、嫌なら言わなくていいけどね?」

いっちゃんに申し訳なくなりつつ、嬉しくて涙がこぼれそうになるのを堪えた。

「…私の事、嫌いにならないでね?」

いっちゃんは、笑いながら、当たり前じゃんと言った。

「私、凛ちゃんといっちゃんが仲良く話してるの見てちょっと嫉妬しちゃってて。

私、元々友達少なかった…というかむしろいない方だったから、いっちゃんが取られると思うと、どうしても辛くて、その…」

いっちゃんは、ビックリしながらこちらを見て、頷きながら小さく、ゆっくりで良いよ、と言った。

「上手くまとめれないけど、いっちゃんと凛ちゃんが仲良くして、

私、いっちゃんともう仲良くなれないのかなとか、そういうこと思っちゃって。

おこがましいよね、ごめんね……。」

かなりの間、静かだったと思う。

すると、いっちゃんが唐突に、

「私、凛ともっと仲良くなっても、ゆっちゃんは絶対に友達だよ。

初めて高校入ってから話しかけてくれて、初めて高校で友達できて…。

なんていうか、恥ずかしいけど、すごく嬉しかった。

だから、その、心配かもしれないけど、不安にならないで欲しい……かも。」

必死に堪えていた涙が、一気に溢れだした。

声を出して泣いてしまった。

いっちゃんは、すごく慌てて、自分のせいだとか色々言っていたけれど、否定する余裕もなかった。

その瞬間、私はいっちゃんがかなり恋愛的に好きなんだと確信した。

恋愛感情の好きだという気持ちが、こういうものなんだと、初めて知った。

先生への気持ちは、きっと憧れなんだと、同時に分かった。

私は初めての友達ができて、初めての恋をした。

それも、相手は女の子。

かなり無理な話だと思う。私は本当に、ちょろい人間だなとつくづく思った。

呼吸を整えて、涙をハンカチで拭き、深呼吸をする。

「ううん…

嬉しくて。いっちゃん、ありがとう…。」

感謝を口に出すと、また涙が溢れそうだったけれど、慌てて抑えた。

「そっか、嬉しかったなら良かった。

私、今1番の友達は、ゆっちゃんだから。」

そっか、私達は友達なんだ。

友達に恋をしてしまった。

絶対に、恋をしてはいけない人に恋をしてしまった。

けど、だからといって諦めれない。

駅へ着き、いっちゃんとバラバラになる場所へ着いた。

「今日はありがとう、

これからも改めてよろしくね……!」

ニコッと笑顔を作り、いっちゃんも笑う。

電車へ乗ると、また涙が溢れ出した。

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