第2話 友達に、なって欲しい。
咲人先輩は、どうやらテニス部に入部しているようだった。
ボールを軽やかに打ち返すその姿は、とてもじゃないけど、同じ人間とは思えないほど輝いて見えた。
「いっちゃんの憧れの人、確かにめっちゃかっこいいねぇ…!?
ねぇ、周りの女の子も狙ってる気がする…」
ゆっちゃんが少し苦笑した。
そんなわけ、と思い周りを見渡すと、確かに髪を巻いて、いかにも一軍そうな女の子達が黄色い歓声をあげていた。
一気に冷や汗が身体から吹き出した。
取られちゃう…気がついたら、そうボソッと声に出していた。
何となく周りを見渡すと、
「え。凛がいる…」
つい、嫌な顔をしてしまった。
ゆっちゃんは、え?と少し見渡すと、凛を見つけたようだった。すると、
「あれ、本当だ。
いっちゃん、そんなに凛ちゃんの事嫌いだったっけ?」
ゆっちゃんが、不思議そうにこちらをじっと見る。
「ちょっとね、あの出来事にどうしても腹が立ってさ。」
私は絵に描いたような苦笑をする。
「じゃあ、どうするの?
いっちゃん、もし凛ちゃんがテニス部入るのなら、いっちゃん辞めるの?」
ゆっちゃんは真剣な目でこちらを見た。
うーん、と悩む。
「辞めない。
凛がいるから諦めるとか…
そんないくじなしじゃないしさ。」
するとゆっちゃんはニコッと笑って、目を合わせた。
笑顔で目を合わせられ、少しドキッとする。
「そうだよね!
それがいっちゃんだ!
今週中には、体験入部しなきゃだし、もう先生に言う?」
少し悩み、もう少し考える。と言おうとしたが、なんとなく全部見て特にやりたい部活も無かったなと思い、
「うん、そうする。
ゆっちゃんはバレーだよね?」
するとゆっちゃんは、いつものように目を輝かせ、キラキラとした表情でこちらを見て、うんうんと頷いた。
その姿は、やっぱり小動物みたいで可愛いなと思った。
「ねぇ、君も入るの?」
急に後ろから声が聞こえ、びっくりして振り返る。
凛だった。
「え、ああ、うん。
入るつもりだよ。凛…ちゃんも?」
凛にちゃんをつけたのをみて、少しふふっとゆっちゃんに笑われた。
「へぇ。私、一応ガチでやってるから。
よろしく。」
それだけ言うと、凛は長い髪を靡かせ、モデルのように綺麗な背筋で去っていった。
すると、ゆっちゃんがこちらを見たかと思えば
「わお、いっちゃん、ライバルだと思われてない?
これから忙しくなりそうだねぇ…。
私、相談乗るからね!!」
ゆっちゃんがファイト!と拳を握った。
テニスに興味が湧いたと言うより、咲人先輩がテニス部だったから入るだけだけど。
なんとなく凛には絶対負けたくないな。と私の競争心に火をつけた。
今日から体験入部で、テニスをする事になる。
大体男女で別れることが多いらしく、咲人先輩に教わることはあまりないと思うけど、遠くからでも咲人先輩を眺められる事が嬉しかった。
案の定凛は、体験入部に来ていた。
誰よりも先に準備をしていて、準備運動をしている。
凛は、長い髪をひとつにまとめて、ポニーテールにしていた。
私も負けじと、近くに行って準備運動をすると
「ねぇ、
彩羽さん…かな。改めてよろしく。
昨日も言ったけど、私はガチでテニスするから。
お遊びで来てないんだ。」
遠回しに私はお遊びでテニス部に入ったと言っているように聞こえ、少し苛立った。
「私も、お遊びじゃないよ。
やろうと思ったことは最後まで突き通すから。
私は初めてテニスするけど、凛…ちゃんは経験者?」
凛は準備運動を唐突に辞め、私を鋭い目付きでじっと見た。
すると、ふっと鼻で笑い、
「経験者だよ。
後、彩羽さん、呼び捨てしたそうに見える。
してもいいよ?」
ドキッとした。
私はそんなにバレやすい人間なのか。
それより、経験者相手に勝てる自信が無い。
凛には負けたくないけど、経験者だなんて。正直不安になった。
「そうなんだ。
じゃあ、凛って呼ばせて。
凛、私負けないから。」
すると凛は、こちらをまたもう一度じっと見る。
まるで心の中を見透かされている様で、慌てて目を逸らす。
「分かった。
私も、初心者だからって気は抜かないから。」
初っ端からバチバチと火花を散らしていると、
「君達が体験入部の1年生?
随分準備が早いね〜、やる気感じられる!
じゃ、とりあえず君達は体験入部の間はペアね。
まだ女子テニスの体験入部は、2人しかいないみたいだから。」
女子テニス部の顧問のようだった。
え?と思い、凛を見ると、凛はなんとも思っていなさそうな顔をしていた。
ペアが嫌なのは私だけみたいだった。
後ろからぞろぞろと先輩方も見え、咲人先輩もいる。
ドキッとした。
「分かりました。」
凛がそういうと、慌てて私も返事をする。
「うん!
いい感じ。
2人は経験者?」
隣にいた凛が、顧問の先生をじっと見つめ、
「私は経験者です。
彩羽さんは、初心者だそうです。」
凛がこちらをちらっと見た。
何となく、少し恥ずかしくて顔を背けた。
「そっか!
じゃあ、凛さんが彩羽さんに教えられるね。
とりあえず、今日は壁打ちしてみようか。」
また、あからさまに嫌な顔をしてしまった気がした。
凛に教わるなんて、テニス辞めたいなぁ…とも思ったけど、ゆっちゃんにああ言ったからには辞められないなと思った。
「彩羽さん、壁打ちだって。
ラケットの持ち方はわかる?」
私は首をぶんぶんと横に振る。
すると凛は、こちらにゆっくりと近づいて、急に私の手をぎゅっと優しく握る。
びっくりして、凛の顔を恐る恐る見る。
凛は真剣な表情をしていた。
「ラケットはこう持つ。」
凛は私の手を握りながらぎゅっとラケットを持たせた。
今日は少し風が強く、寒かったけど、凛の手は暖かった。
妙に凛の事を意識してしまい、慌てて手を離す。
「あ、ありがと…
私…、迷惑かけちゃうと思うけど、ペアだから。
改めてよろしくね。」
すると凛は、少しびっくりした表情になった。
すぐに凛はニコッと笑う。
悔しいけど、凛はあまり笑わないから笑った顔が珍しく、少しだけ、見とれてしまった。
「うん。
私、ライバルとしても、ペアとしても、
真剣に彩羽さんと向き合うね。
前、電車であんなこと言っちゃって、ごめんね。
あの時は、絶対に遅刻したくなくて。
どうかしてた。」
凛は私の目をじっと見た。
凛の目はとても澄んでいて、惹き込まれそうになる目をしていた。
日光に照らされ、凛の目がキラキラと輝く。
私は正直、びっくりした。
凛がそういう風に謝るタイプだと思えなかった。
「私も、実は少し凛に苛立ってた。
当たりが強いところあったかもしれない。ごめん。」
凛はまた、びっくりしているようだった。
意外と、顔の表情がころころと変わるなと思った。ゆっちゃん程ではないけど。
すると凛が、ハッとしたような顔をして、
「そうだ、壁打ち…
しなきゃね。
手取り足取り教えてあげる。」
凛は自分のラケットをぎゅっと握り、ボールを地面に打ちつけた後、今度は壁に打ちつけた。
その瞬間、パンッと音が響く。
初心者の私でも、フォームがとても綺麗だと思った。
その姿はとてもかっこよく、若干スローに見えた。
「すごい…」
気付いたら、声に出していた。
すると凛は、後ろを振り返り
「まぁ、壁打ちだから。
彩羽さんも、やってみよう。」
こんなに上手なのに、謙虚だなぁと思った。
凛に見られながら初めて壁打ちをするのは少し恥ずかしかった。
けど、凛がさっきやっていたように私も負けじと壁に打つ。
パンッ
凛のように、綺麗な音は鳴らなかったけど、しっかり打てた。
「凄い…
センスあるよ。
あとはフォームを、もうちょっとこう…」
もう一度凛は、こちらにゆっくりと近づく。
ただ教えて貰ってるだけなのは分かってるけど、何故かドキドキしている自分がアホらしい。
「分かった?」
考え事をしていた脳に凛の声が唐突に飛び込む。
本当の事は言えないし、どうしようかと悩んでいたら
「聞いてなかったね…
次はもう1回しっかり聞いてね。」
もう一度丁寧に教わる。
さっきよりも凛の声がしっかりと耳に入り込んだ気がした。
凛が遠くに行って、「もう一度やってみよう」と言った。
私は教わったことをもう一度やる。
すると凛が
「凄い!!
彩羽さん、吸収が早くて羨ましい。」
凛が目をキラキラと輝かせた。
褒めてもらってるのに何故か小っ恥ずかしく、ボソッと「ありがと…」と言いながら目を逸らしてしまった。
すると、体験入部が終わりの時間になってしまった。
「あっという間だったね。
彩羽さん、テニス部入る?」
凛がこちらをじっと見つめた。
凛が目をじっと見つめてくるこの癖を、何となくやめて欲しいなと思った。
なんとなく凛は、テニス部入っても入らなくてもいいよ。と思ってそうだと思った。
1分程悩んだ。けど、
「入る。
私、凛とライバルでもあり、ペアでもいたい。」
凛は、ニコッと笑い、「私も」とこちらをみて言った。
凛は、どうやら私と帰り道が途中まで同じらしかった。
テニス以外で、何を話したらいいのか分からず、かなり沈黙が続いた気がした。
「ねぇ。」
凛が唐突に口を開く。
私はビクッとし、凛をそっと見た。
「私、こういうひねくれた性格だから、中学生の頃私とペアになりたいって言う子がいなかったんだ。」
びっくりして、思わず足を止める。
凛も、足を止めた。
「だけど…
彩羽さんは、最初嫌そうな顔していたけれど、なんていうか…
即席でなったペアだけど、居心地がいいって言うか。」
やっぱり嫌な顔をしていたのはバレていたんだな、と少し苦笑した。
私はただ、口も開かず頷いた。
「だから……
また、ひねくれた性格のせいで変なことを沢山言っちゃうかもしれないけど。
できれば、ペアでいて欲しい…ずっと。
…なんか恥ずかしいな、私、普段こういうこと言わないんだ。」
凛は少し照れくさそうに頭を掻いた。
私はきっと、口が開きっぱなしだったと思う。
嬉しかった。
あんなに、凛の事を毛嫌いしていたのに、こんな事を言われるなんて、衝撃を受けたのもある。
あとは、凛がここまで感情を口に出す子だということに。
私は、随分と無言だったらしい。
「だめ…かな。」
凛が、こちらをじっと見つめ、首を傾げる。
私は、ぶんぶんと首を横に振った。
「だめなんかじゃない。
私も、凛とペアでいたい…かも。
…楽しいし。」
私も、少し照れくさくなり、頭を搔く。
凛は、ぱっと顔が明るくなり、ふぅ、とため息をついた。
「…良かった…
私、さっきも似たようなこと言ったけど、怖がられてて友達少なかったんだ。
友達に、なって欲しい。」
凛は、真剣な眼差しでこちらを見つめる。
恥ずかしくなり、目を逸らした。
「…うん。
私なんかで良ければ…
私も…凛と仲良くなりたい。」
夕日に照らされ、まるでドラマのワンシーンのようだった。
風が吹き、凛のサラサラのポニーテールが揺れた。
凛はニコッと笑い、何かを思い出したように鞄を漁る。
「これ、私の連絡先。
良かったら追加して欲しいな。」
慌てて私も鞄からスマホを取り出し、すぐに追加する。
凛を追加すると、アイコンがうさぎで、可愛らしいなと不覚にも思った。
スマホの通知が鳴り、確認すると
凛から「よろしく」というスタンプが送られてきて、スマホから凛に目をやるとニコッと笑った。
「じゃあね。
私、こっちなんだ。」
凛がお淑やかにひらひらと手を振り、足早に去っていった。
帰ったら、すぐにゆっちゃんに今日のことを報告しようと思った。
それと、凛にもメッセージをもう一度何か、送ろうと思った。
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