【4分短編×恋愛】愛、気付いていますか?

松本タケル

愛、気付いていますか?

【1】

 ケンタは高校2年生。最近、バスケ部のレギュラーになった。いつも自宅から5分ほど歩いたバス停から通学している。ケンタが住んでいるのは一戸建てが数百戸集まった大規模な分譲地。


 自宅からバス停までの道のりに 『オバケ屋敷』 と呼ばれている家がある。草木は手入れされずに伸び放題、壁にツタもっている。玄関や駐車場は荒れ放題で腐った木の棚などが放置されている。そこには老夫婦が住んでいると聞いたことがあった。


「おっ、花が咲いてるぞ」

 オバケ屋敷の二段植栽の下の段。雑草の隙間すきまに薄いピンク色の花が咲いている。目をらすと結構な数が咲いていた。いつもとおっているのに気が付かなかった。


 その時、バタッとドアが開く音がして男性が出てきた。90歳は超えていそうに見えた。

「何をキョロキョロ見ている!」

 老人は玄関ドアの下にある5段ほどある階段を下りながら、いきなり怒鳴りつけた。この調子で度々たびたびトラブルを起こしている。


「せっかく、きれいな花が咲いてるんです。雑草、かれたほういがいいんじゃないですか?」

 ケンタは無視もできたが、思わず聞いてしまった。


「お前に言われる筋合すじあいはないわ! 花の手入れはばあさんの許可がいるんじゃ!」

 老人はポストから新聞を取り出して、家に入ってしまった。


「いきなり怒鳴なるなよ。じいさん」

 少々腹が立ったが、気を取り直して学校に向かった。


【2】

 夕食時にケンタは朝の出来事を家族に話した。

「いきなり怒鳴らなくても。花の手入れはばあさんの許可がいるんだって」

「あら。でも、あそこの奥さん、5年ほど前に亡くなられたはずよ」

 と母親がおかずの唐揚げを運びながら言った。


「じゃあ、手入れをしないための屁理屈へりくつを言ってるのかな」

 ケンタはやれやれのポーズをした。


「いいや、ケンタ。実はもっと根が深いかもしれんぞ」

 先に食卓に着いていた父親が、ビールをコップに注ぎながら言った。


「あそこのおじいさんはいわゆる 『セルフネグレクト』 かもしれない。日本語にすると 『自己放任』 。いろんな理由で自分を大切にできなくる心の病みたいなもんだよ。その結果、不衛生な部屋で暮らしたり、医療を放棄したりしてしまうんだよ」


「奥さんが生きてた頃は、挨拶あいさつしたらおじいさんもニッコリ返してくれてたものね。お子さんはなかったみたいなので、今は本当に一人なのね」


「あそこの奥さん、いつもきれいな花を植えてたよな。その種が残って自生じせいしてるんだな、きっと」

 父親が回想した。


 その晩、ケンタは思い描いてみた。自分が結婚して、年をとり、両親が亡くなり、そして、妻が亡くなる。自分一人で老いていくことを想像すると物淋ものさみしさを感じた。


【3】

 翌朝もオバケ屋敷の横を通った。ケンタは花を見ながら立ち止まった。前日と同時間にじいさんが新聞を取りに出てきた。


「また、お前か! 何の用じゃ!」

 いきなり怒鳴どなられた。しかし、ケンタは一歩も引かずにこう言った。

「もし、よろしければ今度の休みに雑草の手入れをしにきましょうか?」


「ん? お前は何を言っている」

「その方がお花がより美しく見えます。亡くなられたおばあさんも喜ばれると思いますよ」


 しばし無言。そして、

「おおおおお・・・・・・お前に、お前に何が分かる!」

 最初の2倍くらいの声で怒鳴られた。

 そして、じいさんは足早に玄関へ消えていった。


ばあさんを出したのは余計だったかな」

 ケンタは反省した。

「にしても、なんて頑固なじいさんだ」

 しかし、不思議と腹は立たなかった。



【4】

 その日の放課後、ケンタがバスを降りたのは夕暮ゆうぐれ時だった。

 オバケ屋敷の横を通った時、偶然にも夕刊を取りに出てきたじいさんに出くわした。


 ケンタは良いタイミングだと考え、

「朝の話したこと考えてくれましたか? 草の手入れの件」

 と、改めて提案した。


 じいさんはケンタの方をチラッと見た。

「夕方は怒鳴らないのか?」

 ケンタは奇妙に思った。


 じいさんはポストから夕刊を取り出した。そして、背を向けて無言のまま階段を数段上った。

「今度は無視か?」

 と思っていると、

「本当に・・・・・・」

 じいさんが立ち止まりポツリと言った。


 背を向けているので表情はうかがえない。


「本当に・・・・・・その方がばあさんが喜ぶと思うか?」

 朝とは声のトーンが違う。おだやかで丁寧ていねいな口ぶり。

「絶対にそう思います」


 10秒ほど沈黙。


「じゃあ、君・・・・・・すまんが頼まれてくれるか?」

 じいさんの声が少し震えている。

 意を決して言ったのだろう。


「ええ、もちろん! バスケ部の体力自慢じまんを連れて来ますよ!」

「雑草を抜けば花もえます。壁のツタも取りましょう。伸び放題ほうだいの木の枝も整えましょう」

「通る人が 『あら、きれいなお花』 って言ってくれますよ」


 また、10秒ほど沈黙。


 じいさんがポツリとつぶやいた。

「はい?」

「その花の名前じゃ。ばあさんが亡くなる直前に植えておった」


 ケンタはそのあと 「週末きますね」 と言ってオバケ屋敷を離れた。少し離れて振り返ると、じいさんはまだ階段の途中に立っていた。


「オバケ屋敷とは呼べないくらい綺麗きれいにしてやろう」

 ケンタは気合いを入れた。

「部活の連中に飯一回でヘルプを頼むか」

 仲間にメッセージを送る。


 そのあと歩きながら 「スターチス」 についてネットで調べた。

「地中海原産の多年草。花言葉は・・・・・・」


―変わらぬ心


「おばあさんも随分ずいぶんとロマンチストだな。きっと、おじいさんは気付いていないだろう。今度、教えてあげよう」


 ケンタはスマホをカバンに片付け、自宅へ向かい歩き出した。


(終)

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