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吉田健康第一

1.殺人事件

 ここはとある小さな海辺の町。

 目の前には湾状の海広がり、後ろには平野が続きさらにその奥には山々が連なっている。自然の織りなすこの地形はやはり日本ならではといったところか。

そして人々はこの景色に際したとき何を口にするか。

 ただ一言、

「何もない土地だなぁ。」





「そんなこと前から知ってんじゃん。」

 右手でカップを口元まで運び、あと少しの距離を維持しながら女はそう返す。

早く飲めばいいものをと、口を出したくもなるがきっとまだ熱いのだろう。

彼女の名は安木美穂。職業はアパレル関係を自称している。

「久しぶりに帰ってきたのに、まだ海しか見てねえよ。」

 そう答える男の名は桐谷隆也。職業は東京で工事関係の仕事をしていた。

していた、というのは先日までのことだ。今は過労のため体を壊してしまい休業中である。

 この町へ来たのも体を気遣い実家で安静に過ごすためだった。

「しっかし、お前も変わってねえなあ。なんだか懐かしいよ。」

「隆也は変わったねー。昔はそんなキザな話し方してなかったよ。」

 2人は小さい頃からの幼なじみだった。高校卒業後、美穂は専門学校へと進学し、隆也はそのまま都会へと旅立った。

 こうして2人で会うのも実に5年ぶりほどであった。

久々の再会ということもあり会うまでは多少の緊張もあったようだが、一言二言交わしただけですっかり昔に戻ったようだった。

 2人が座りコーヒーを飲むこのカフェのテラスも都会ではこのような景色は決して見ることができない。それゆえに本来ならば2人の再会に花を添える効果もあったはずだったが、見慣れた者からすれば殺風景としか感じられない。

「あたしこれでも雰囲気変わったねってよく言われるのよ?そりゃあ隆也からすれば小さい頃のまんまに見えるかもしれないけどさぁー。」

「いいじゃねぇか別に。俺も見た目は変わったと思うけど、大事なのはやっぱり、こう、なんだ、中身なんだよ。な・か・み!」

「うわっ、そんなこと言うようになったんだねー。成長したねー。」

 軽口を叩きながら美穂は笑う。こういうやりとりもどこか懐かしいのだ。

「からかうのやめろよな!ってかさ、俺ちょうど1週間前に帰ってきたんだけど、なんかちょうどそのとき色々あったらしいじゃん?」

 これまでの懐かしみに満ちた会話を切り上げ、隆也が話を持ち出す。

「え?あぁ。そうらしいね。あたしもよく知らないけど、殺人事件があったらしいよ。」

 殺人事件というワードが出たとき、何故だか隆也は周りの音が消えたように思えた。彼自身、そこまでの出来事だったとは考えもしていなかった。

「まじか!…こんな町でもそんなことあるんだな。犯人まだ捕まってないの?」

「隆也ってさ、家にテレビとかないの?町の人なんてどこ行ってもその話してるよ。この町も平和だけが取り柄だったのにねー。」

「俺テレビ見ないし、ケータイも電話くらいしか使わないからなー。てか、俺の質問にも答えろよー。」

「捕まってないよ。それどころか目撃情報もまだ出てこないんだってさ。」

「へー。そりゃあおっかないな。まだその辺にも殺人鬼がいるかもしれないんだろ?」

 隆也は話に夢中で自分のアイスコーヒーが氷だけになってしまったことに気づかず、ストローで必死に吸い上げる。

 ギュコォォォー。ギュコォォォー。

「どうだろうね。その辺は警察がなんとかしてくれるでしょ。でもうちの先輩は戸締りとかめちゃくちゃ頑丈にしたって言ってたよ。」

「なんだよ頑丈って。南京錠でもつけたのかよ。」

 狭い町だけに噂が広がるのは早い。みんな身近に殺人鬼がいるのではと不安を抱え、この1週間を過ごしてきたのだった。

 美穂の言葉では何か物足りなかったのか、隆也は氷と気付きながらもコップを強くストローで吸い続けていた。

 いつのまにか太陽は空高く登っていたが、2人は積もる話が多くあり時間など気にもならなかった。

 そして殺人事件についてもそれ以外にもたくさんした話に埋もれていき、その日別れる際には片隅にも残っていなかった。




同日、時を同じくしてとある警察署内。

「馬鹿野郎!!そんな根性ならやめちまえ!!!」

 いきなり怒声が響き渡る。しかし、周りの人々はいつものことと慣れているのか気にも留めていない。

「聞き込み渋って張り込みしかしねぇ刑事がどこにいる!!そもそも目星もついてねぇのに勝手なことしてんじゃねぇ!」

「す、すみません!申し訳ございません。」

 情けなく謝るこの男はあの殺人事件の調査をすることになった広川雄太34歳、刑事課員だ。しかし、彼は肩書きばかりでいつも仕事で手を抜いている。

 これも昔の失敗を引きずっている影響らしいが、この課長には既にそれすらもお見通しだった。

「いい加減本腰入れてかからねぇとお前ダメになっちまうぞ!?事務処理に適性あるのは分かるが、現場も俺たちにとっちゃあ大事なんだよ。」

 この課長の有難い説教も日常茶飯事となっているせいか、広川は確実に聞き流していた。彼の今考えていることはたった一つだ。

(これを乗り切れば昼食だ。今日は何を食べようかな。)

 ただ、慣れとは恐ろしいものである。いつもならしっかりと下を向き、平身低頭に謝罪を行うのだが今日は油断していた。

「…だから、お前のことも考えてだな…。…広川?お前、なに時間気にしてんだ?話ちゃんと聞いてたのか!?」

 やってしまった。課長の席に置いてある卓上の時計にチラッと視線を向けてしまったのだ。

 これはまずい、と冷や汗をかく。何かいい言い逃れはできないか?

考えろ、考えるんだ広川雄太、俺ならできる、俺ならやれる!

「あ、こ、ここ、これは、そ、その…、ご、午後から打ち合わせがありまして!午前中に資料を揃える必要があって、その…。」

「打ち合わせだぁ…?言い訳してんじゃねえ!!お前午後から外回りって朝言ってたろうが!?」

 やってしまった。咄嗟の嘘だった。これでは火に油だ。

…こうして広川刑事は課長にこってり叱られ、昼食をとる時間もなく外回りへと向かうハメになったのだった。



「…かわさん。…広川さん!!」

「…ハッ!な、なんだ!?って、着いただけじゃないか。大げさだな。」

「先輩が着いたら起こしてくれっていったんじゃないですかー。」

 後輩と共に外回りへと向かった広川は事もあろうに叱られた後でも車内でぐっすりと眠っていたのだ。反省なんてものは彼にはそもそも必要ないようだ。

 車が着いた場所は殺人現場からそう遠くはないところにある1軒のコンビニエンスストアだった。周りには住宅が建ち並び外灯も多く据付けられ、端から見ても治安はそう悪くない印象を感じられる。

「今日はまずこのコンビニからだな。当日の防犯カメラとかでも怪しいとこないか細かく洗っていこう。」

「それっぽいこと言ってますけどそれ僕の提案じゃないですかー。」

 軽薄な会話をしながら店内へと足を運ぶ。

彼らの調査は8日目を迎えたが、きっと今日もこれといった成果は得られないであろう。


 案の定これといった情報を得られず、次の場所へと向かうことにした。

運転は常に後輩が担当し、広川刑事はただ助手席で外を眺めてたまに愚痴をこぼすだけだった。そうした役割分担も後輩は何故か嫌な感じがしなかった。

車中ではこの事件について後輩から話を切り出した。

「そういえば広川さん知ってます?」

「なんの話だ?」

「探偵ですよ。た・ん・て・い。」

「いや知らないな。教えてくれ。」

 興味が薄いのかポケットへと手を伸ばし、たばこを一箱おもむろに取り出す。

このご時世に警察が勤務中に車内喫煙とは。見つかれば問題になる行為だが、彼らはそもそもこの町をその程度にしか意識していなかったのだろう。

「あー!先輩ずるい!僕にもあとで1本!」

「分かった分かった。で、探偵ってなんだ?」

「あざす!今って地域で噂が広まってるでしょう?それで不安に思う人が増えて犯人とか今どうなってんだって電話が署に殺到してるそうでして。」

「ほうほう。続けて。」

「はい。それで上層部の方からも圧力がかかりまして、捜査本部の方で探偵を手配してもらうことになったらしいです。」

「なんだそれ!俺も事件の担当なのに聞いてないぞ?というかなんで探偵なんだ?ドラマや漫画じゃあるまいし。」

 そう言いつつたばこに火をつけた。煙を出すため窓も開ける。

エチケットのつもりだろうが、彼らは降りるとき最後に消臭液を散布することにも抜かりない。状況証拠から消していくのが常套手段となっている。

「どうやらそれが有名な方らしくて。上層部ともつながりがあるので、そっちから回してもらったらしいんです。」

「なーんだ。結局はコネで仕事まわしてきただけじゃないか。」

「いやいや、そうじゃなくて。すごい人なんですって。」

 後輩の言葉にもやけに熱が入る。彼にも何か根拠があるのだろう。

「なんだすごいって?解決する能力とかか?」

「そうなんです。何でも捜査に加わった事件で解決しなかった案件はこれまで0らしいとか!」

 若気の至りか、若年者はそういう伝説的な話をすぐ鵜呑みにしたがる。

こういうのは大抵根も葉もない噂から始まったりするものだ。

「そりゃあ警察の能力が高いからだろ?もしくはそいつが真犯人とかな。」

「茶化さないでくださいよー。実は僕もそのひと知ってるんですけど、ニュースとかで世間でも認知されてるすごい事件とかも解決してるんですよ!」

 ますます若さが前面に出ているようだ。話し振りが主観ではなく、客観に回っている。要は一般市民として事件や探偵を見ているということだ。

 人に言えたことではないがこれでは良くない。課長に言えばすぐ落雷ものだ。

「じゃあそいつが全部解決してくれたらいいけどなー。そしたら俺ももっと楽に立ち回りできるのになー。」

「先輩は謝るときだけは名探偵ですもんねー。」

「おいそれどういう意味だよ。」

 この2人で本当に犯人の手がかりをつかめるのか。その結末は誰もまだ知らない。



                            つづく



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