第19話 寝れない夜には

 温泉で身綺麗にし、腹も満たした。後は寝るだけだ。

 二人は比較的損傷の少ない客室で眠ることとした。残念ながら敷布団は使えるものがなく、唯一使えた毛布と掛け布団を分けて使うこととした。

 朝光は布団の中なかなか眠れないでいた。体はひどく疲れているのに眠気がこない。外では時折、鳥の鳴き声が聞こえてきた。やけに物悲しく聞こえ、切なくなる。


 目を閉じると甚内の遺体を思い出す。一巴の手前平気な振りをしていたが、存外堪えたようだ。別のことを考えようと無理やり思考を変えるが少ししたらまたすぐに思い出してしまう。

 朝光が人間の遺体を見るのはこれが初めてではない。四歳の時に母方の祖父、九歳の時の母方の祖母の葬式で遺体を見た。二人とも病死だった。朝光が対面した遺体は二回とも葬儀場で、既にキレイに整えられて棺桶の中に入っていた。

 祖父の時はまだ幼かったのでよく覚えていないが、祖母の時のことはよく覚えている。生きている時と何ら変わらない祖母が棺桶の中に横たわっていた。まるで眠っているようにしか見えない。今にも目を覚まして起きてきそうだと思った。


 三度目である今回の甚内の遺体は今まで二回とは全く違った。

 濁った眼に、叫び声でもあげたのか大きく開かれた口、助けを求めるかのように伸ばされた腕、むせぶような血の匂い。触れて確かめずとも一見しただけで死んでいるとわかる。そしてそれが安らかな死でないこともわかった。

 一人もがき苦しみながら、迫る死の恐怖の怯えながら死んだのだろうか。それとも犯人を呪い恨みながら死んだのかもしれない。残されたものはただ想像することしかできないが。


「……眠れないのか?」


 暗闇の中声が掛かる。隣に視線を向けると、一巴がもぞりと布団から顔を覗かせていた。起きたのだろうか。それとも朝光同様に寝れないのか。


「……なんか目が冴えた。一巴もか?」

「……うん。なんか昼間のことが思い出されてさ」


 昼間の事と言葉を濁したが間違いなく甚内のことだ。一巴は二人と長い付き合いではないと言っていたが、それでもまだ起きて交流した日数だけで言ったら二日しか経っていない朝光に比べたら長い。長い付き合いのようだった伊三ほどではないにしろ、何かしら思うことはあるだろう。


「甚内は十一歳だっていっていた……」


 一巴がポツリと口にした。


「僕より三つも年下だったんだぞ……」


 とても静かな、でもどこか感情を押し込めた声。朝光は何を言うでもなく、一巴の言葉に耳を傾ける。


「なんで、甚内が殺されなきゃ、ならなかったんだ!」


 悲痛な叫びの後、すすり泣くような声が聞こえてきた。泣く一巴にちくりと胸が痛む。

 夕飯を食べている時には笑顔を見せて、平気なように見えていたがきっとあれは気丈に振舞っていただけだった。仲間が死んで一日も経っていないのだ、平気なわけがない。

 朝光は震える肩を抱きしめようと手を伸ばした。が、触れる手前でその手は肩ではなく一巴の丸い頭へと落ち着く。クズる子どもを落ち着かせるように、痛んでボサボサの髪を優しくすく。

 次第に泣き声は小さくなり、やがて寝息へと変わった。入り込む隙間風に一巴が身を身震いすると、温めるように朝光は寄り添った。

 感じる人肌の温かさに、朝光の意識もすぐに眠りへと落ちていった。



 ◆



 今日は日も射し、風もなく十二月にしては珍しく温かく過ごしやすい小春日和だ。縁側などで昼寝したら気持ちいかもしれない。

 ボロボロになった制服は捨てて、宿にあった作務衣をそのまま着ている朝光だが外に出た時に着ていた羽織は暑くなったために今は腰に巻いてある。ちなみに、一巴は今まで来ていた服に戻っている。作務衣だと、胸元が隠せないからだという。

 一夜明け、元温泉宿を後にした一巴たちは根城に戻る道を進む。昨晩泣き疲れて寝た一巴だったが、その表情は幾分か晴れやかに見える。甚内を失った悲しみは消えないまでも、前を向いて歩く決意は固まったようだ。

 対して朝光はというと、先ほどから難しい顔をしてなにやら考え込んでいた。一巴が声をかけるのを躊躇うほどだ。そんな無言で歩き続ける二人だったが、元宿を出てから三十分ほど経ったときようやく朝光が顔を上げ口を開いた。


「なあ、華胥って入れないかな?」

「はあ?」


 朝光が脈絡もなく言い出した言葉に一巴は怪訝な顔をする。


「なんか真面目な顔してずっと考え込んでいるなっと思ってたけど、そんなこと考えてたのかよ」

「そんなことって……。俺かなり真面目に考えたんだけど?」

「なんでそんな考えに至ったのかは後で聞くとして、絶対に無理だ。華胥に入るためにはIDカードの提示と虹彩認証が求められる。両方ないお前には絶対に無理だ」


 両者とも揃っていないと門前で弾かれてしまう。よってIDを盗んだからと言って入れるわけではないのだ。それ以前に入り口では身体検査が行われるので、男性が華胥に入ることは絶対に不可能なのだが。


「ちなみにどうやって入る気だったんだ?」


 聞かずともなんとなくで想像は出来るが。

「女装して」


 予想通りの朝光の返答に一巴は呆れた声が出る。


「お前はどっからどうみても男にしか見えねーよ」

「いやいや! 化粧とか頑張れば行けると思うんだよ! 妹結構俺に似てるし!」


 顔はともかく、百七十七センチの筋肉質な女など疑われないわけがないのだ。


「っで、なんでいきなりそんなぶっ飛んだこと言い出したんだよ?」


 一巴は女装の件の関してはこれ以上話すことはないとばかりに、話を元に戻した。


「俺がこっちの世界線に来たのってやっぱり誰かの異能力が原因だと思うんだ」

「華胥でその異能力の持ち主でも探す気か? 華胥は全国に何十ヵ所もあるんだぞ。どこの誰だかどころか、本当に異能力かどうかすらわからねえのに見つかる訳ねぇだろ!」

「俺だってそこまで向こう知らずじゃないよ。全女性の異能力ってデータ管理とかしてないのかなっと思ってさ」


 朝光のいた世界線では、全国民の魔力量や魔法適性などは完全にデータ管理していた。とはいってもそのデータの集計やら管理なども魔法を使っていたので、あったとしてもこの世界線とは少々違うのだろう。


「! してる! あ、でもダメだ。そのデータは一般人じゃ見れない」


 女性には異能力を習得した際には必ず、国に届け出る義務がある。届け出た際に、噓偽りがないか検査官立ち合いの元に実際に異能力を発動させてからの調査までが必須なのだ。

 ちなみに一巴は再三の届け出るようにと通知のはがきも電話も来たのだが、散々異能力を習得していないことを告げても取り合ってもらえず、医者の診断書を持参してようやく取り合ってもらえた。


「あー、やっぱり?」


 異能力のデータはプライバシーにかかわるものなので誰でも閲覧できない。見られる権限を持ち得ているのは、本人と一部の人間だけだ。それは朝光の世界線でも変わらない。

 朝光はそれに対しては予想できていたようで、さっぱりとした返事を返す。そして少し考えた後、口を開いた。


「十種香のメンバーなら見れるんじゃないか?」

「いくら拳で語り合えたからって石母田竜子のことほいほい呼び出すなよ……。僕正直、まだあの人のこと怖いんだからな」


 ただでさえ十種香は恐怖の対象だというのに、血だらけになりながら笑顔で殴り合う姿は相手が自分ではないにしても、軽くトラウマになってしまっている。


「いやいや、違うよ。ってか、竜子の連絡先とか知らないし」

「じゃあ、どうすんだよ?」

「次に来た十種香を捕まえる!」

「は? そんなゴキブリじゃねーんだから、ひとり来たからと言って次も来るとは限らねーだろ」


 もっともな意見だが、朝光は自分の考えを譲らない。


「いいや、必ず来る。竜子は俺に異能力があるかどうか探っていたようだったから、今度こそ俺が異能力を持っているか見極めるためにもう一度竜子か、はたまた別の奴かはわからないけど近うちに十種香の誰かが俺の元に来るさ」


 対竜子戦では結局最後まで魔法は使わなかった朝光だった。朝光の言う通り実際に次の刺客が送られることは既に決まっているので、朝光の考えは大体当たっている。


「でも、十種香だぞ! 石母田が十種香の中でどのくらいの実力者なのか知らねーけど、あいつがやられた代わりに来るのであればさらに強い奴が来るだろ! 何か策でもあるのか?」


 竜子には一応勝ったが、ギリギリでしかもお情けのようなもの。次は勝てる保証はどこにもない。


「んー。っま、なんとかなるんじゃないかな? 前も何とかなったし」

 楽天的な朝光に一巴は盛大に頭を抱えるのだった。

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魔法の使えない俺だけど魔女が牛耳る世界でなんとか生き抜きたい 都志光利光 @toshi_mitsu

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