番外編 誘いの歌 7
旋回している翼。その上に。
「オグマのドルイドか…!」
うめく妖魔に肉薄したクールが、手にした剣を突きつけた。
「答えろ! 消えた村人たちはどこにいる?」
が、バードはにたりと笑った。その口元から血泡がこぼれていく。
クールは反射的に身を引いた。その喉首めがけて妖魔が飛びかかる。
しかし、妖魔の最後の牙は、少年には届かなかった。横から飛来した剣が、妖魔のこめかみを貫通して跳ね飛ばす。
妖魔を串刺しにした剣は木の幹に突き立った。
クールは息をついた。意表をつかれて反撃が遅れた。まずい。
案の定。
「クール」
淡々とした声に名を呼ばれ、クールはそろそろと振り向いた。
近くの木の根元に子どもを横たえた上司が、腕組みをしながら自分を睨んでいる。
夜風に彼女の長い黒髪が舞った。
「私の言いたいことはわかっているな?」
低めの声音に迫力が増す。
クールは直立不動の態勢をとった。
「はい…」
ばさりと、翼が風を打つ音がする。
ちらと視線を上げると、大きな翼の向こうに垣間見える影が、呆れたようにこちらを眺めているのが見えた気がした。
それまでぐったりしていた子どもが目を覚ます。
「…あれ、クール? ここは…?」
そこに、フクロウが舞い降りてきた。モアだ。
「ジェイン、クール。村の人たちが見つかりましたよ」
クールとジェインは顔を見合わせ、ほっと息を吐き出した。
バードの魔力で囚われた村人たちは、蜘蛛の糸に縛られてケイルンゴルムの洞窟に転がされていたところをジェインとセイによって発見された。
だいぶ衰弱していたが、かろうじて全員が無事だった。
ジェインとセイは、別行動を取って消えた村人たちをずっと捜していたのだ。
クールが出て行ってすぐに、セイの契約鳥であるアードがその報せを持ってきた。
そして、ほぼときを同じくして戻ってきたモアから、クールがバードのところに向かったと知らされたロイドは、そのままジェインたちと合流した。
ロイドとモアを洞窟に残し、ジェインとセイはクールの許に急いだのである。
あのとき空からクールの剣を投げ落としたのは、それを預かっていたセイだった。
ジェインとロイドが自分たちの素性を明かし、吟遊詩人の正体と、村の危機を告げると、村長をはじめとした村人たちは色を失い、騎士団に深く礼を述べた。
任務を終えた一行が村を去る日、コーンはクールをじとっと睨んでいた。
「クール、オグマの騎士だったならそう言ってくれればよかったのに」
子供たちにとって、央都タラにそびえるダーナ神殿と、『空の砦』オグマ城を居城とするオグマ騎士団は憧れの存在なのだ。
「悪かったって。でも、バードが怪しいって最初からわかってたから、言えなかったんだよ。ごめんな」
頬を膨らませるコーンの頭をわしゃわしゃと撫で回し、クールは笑う。
「そうそう。お前が見たっていう墓所の不審者な。あれ、俺の相棒のドルイドなんだ」
「え……」
驚いて目を瞠る少年に、クールはさらにつづける。
「昔この村にいた、チェンジリングと言われてた子供だよ」
コーンは、完全に言葉を失った。
物心ついた頃から聞いていた、恐ろしいチェンジリング。村にたくさんの災厄をもたらして、最後は迎えに来た悪い魔術士とともに姿を消したと。
やっとの思いでコーンがそう告げると、クールは深々と息を吐き出した。
「なんでそんなことになってるんだか…。ああ、来た」
クールが頭上を振り仰ぐ。コーンもつられて顔を上げると、大きな鳥が舞い降りてきた。その背に、あの日暮れ時に見たローブとマントの人物が乗っていた。
そのひとは、騎士団のドルイドの証である
フードの下からのぞいた紫の瞳が、クールを無言で促す。
騎士はコーンの頭をぽんと叩いた。
「じゃあな、コーン。チェンジリングなんてのはいなかったって、みんなに伝えておいてくれ」
手を振って鳥の背に飛び乗ったクールは、笑顔を残して去っていく。
コーンは全力で手を振りながらそれを見送った。
飛び上がった鳥の背で、クールは相棒に尋ねた。
「そういえば、あれほど村に入るのを嫌がったお前が、どうして墓所に行ったんだ? セイ」
セイはクールをちらと見た。
「……祭司様に、挨拶だけは、しなければと思って」
そのひとことで、合点がいった。
祭司様。そのひとは、あの偏見の激しかった村において、ただひとりセイに優しく、五つの歳まで彼を育ててくれたのだ。
クールは小さく笑った。
「そっか」
相棒は無言のままだ。
その背を叩いて、クールは行く手を見はるかした。
「よし、帰るか。頼むぞ、アード」
「任せて」
セイの契約鳥であるアードが、嬉しそうに応じる。
すると、表情の乏しいセイがぽつりと言った。
「忘れてたんだけど、クール」
「うん?」
「ジェインが、戻ったら鍛え直すって」
クールの頬が引き攣った。
暁の誓約《ゲッシュ》 結城光流 @yukimitsuru
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