第4話 償い後の愛を君へ
止めどなく流れてくる記憶。それも、人を死に導いた記憶。生きている心地はしない。また誰かの記憶になって、自殺までの過程を追う。幸せも喜びも、悲しみも絶望も。そこには人生の全部が詰まっている気がした。
もうすでに時間の感覚は無くなった。何時間、何日、もしくはもうすでに何年経ったかわからない。頼む、許してくれ。消してくれ。死の導きなんてもう見たくない。そんな自分の思いとは裏腹に記憶は否が応でも自分の中に入ってくる。そして自分は、ある時感情を消した。どんな場面でも、どんな状況でも、何も感じない、何も思わない。完全に精神が壊れる感じがした。
体の感覚だけが戻ってくる。少しずつ、動くようになってはいるが、動く気になれない。体はだるいし、やる気を持つとしても、その対象がない。なら、何もしない方が楽でいいや。ただただ、時間の感覚だけが、自分を感じられる部分だった。
そこからさらに時間が経った。ただただ何もしない、何も感じない時間。人の死の道筋を見るだけの時間。でも、ある時から記憶に変化が出てきた。他の誰でもなく、自分自身の記憶。記憶の引き出しの中にあった、自分の記憶。消したはずの感情から、懐かしさが顔を出した。そこには、もう1人。しおりの姿もあった。
「会いたいな。」
自然に自分の口から出た言葉だった。
流れてくる記憶も、新しいものになってきた。しおりと初めて裁判をした中学生の記憶。しおりと近づくきっかけになった男性の記憶。しおりの思いを聞いた女性の記憶。流れてくる記憶がしおり中心になってきた。そして、流れてきたのが自分の記憶。もう一つの世界で、もう1人のしおりと、最後のしおりとの時間の記憶。それを見終わった自分は、誰かに起こされる感覚があった。鼻を摘まれて、息が苦しくなる。流石に我慢の限界になった自分は、感覚が戻ってからも、閉じっきりだった目を開けた。そこには、自分が忌み嫌っていた、上司に当たるものたちがいた。
「起きたか。成功だな。」
どういうことだと言いたかったのだが、うまく口が動かない。
「目は開くが口は動かないか。まあ、仕方あるまい。1から肉体を蘇生したんだからな。」
自分はこいつらが言っている意味が分からなかった。
「その面倒な口が動く前に、状況だけ説明しようか。」
そいつがいうには、人員が不足しているから、さっさと自分の裁判を行って、罪を償わせてから、自分を蘇生する。そうすれば上としても筋が通るので、こうしたのだという。
「お前が、密かに自分の生命力を分けて、罪人の遺品を集めていたことは知っていた。本来なら、裁きの対象になるのだが、それを利用して、お前を蘇生させようと俺らは考えた。」
要約すると、分けた生命力を自分に戻すことで、再び自分の体を構築しようということだった。それがなかなか実行されなかったのは、単に自分の後任がいなかったから。しおりがきたことで、今回実行に移したらしい。
「なんでそこまでするんだ。」
「口が聞けるようになったか。それはまあ、単純だ。お前は俺たちが嫌いみたいだが、俺たちはお前がいないとつまらん。誰も逆らえない状態にある俺たちに楯突くのはお前くらいだ。元々、俺たちは宗教の開祖。信者だった人間はなかなか口答えしないだろ?それじゃあ、いけない。マンネリだからな。お前みたいな異物がいたほうが組織はいい方向に回る。あと、お前としおりくん以外あの仕事を任せる人間がいないだけだ。」
「また、しおりと会えるのか?」
「ああ。お前らの関係性も知っている。自由にしろ。ただ、今回のことで、お前の仕事内容を擬似体験した。しばらくは病院で休め。再会はそこからだ。」
自分は乗っていた機械から体を乗り出して、おぼつかない足に必死に力を入れて初めて、上に頭を下げた。
「お前に感謝されるとはな。でも、まあ嫌いでいてくれ。そのほうがやりやすい。ほら、そんなこといいからさっさと行ったらどうだ?機械のメンテナンスで今日は休みにしたが、さっき確認のためにしおりくんを呼び出したから。行ってやれ。」
その言葉を聞くと、自分はその部屋から駆け出していった。しおりに会うために。しおりと過ごすために。しおりを愛するために。
『償い後の愛を君へ』
償い後の愛を君へ 有馬悠人 @arimayuuta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます