断片-2 (その1)

断片的にしか語れないのを許してほしい。

じぶんの人生にはストーリー性が完全に欠落している。

幸か不幸かといえば、不幸な人生だったし、おそらくこれからも不幸だろう。

不幸の原因となった常軌を逸した欲望や快楽への飽くなき追求を思い出すのは、どうにもつらいものだ。

不幸な人間は自己肯定感が低く、おまけに悪いことをした負い目があるので、どうしても人生のストーリーを切れ目なく豊穣に語ることができない。

・・・ここで、いきなり学生時代から銀行に勤める話になる。

特待生で入学したので、入学金も授業料もかからなかったが、いざ卒業となると、名のある企業などにはエントリーすらできなかった。

・・・なにせ三流大学なので。

その上、何の目当てもない闇の中をただ無力無気力に過ごした四年間だったので、成績も芳しくはなかった。

だいいち、まともに働く気もなかったし、特段やりたいこともなかった。

このままこの世の片隅で、細々と生きながらえてもいいと思った。

さすがに見かねた伯父が、じぶんが理事長をする銀行に入れと言った。

これは有無を言わさぬ命令だったが、ありがたいといえばありがたかった。

もっとも、例によって伯父には企みがあった。

接待飲食のために出かける伯父を銀座や六本木に送り届け、そのまま深夜まで待機し、週末はゴルフの送迎のために運転手を務める。

これは学生時代と変わらぬ運転手要員としての採用だった。

入社式で、八人の新入社員に向かって理事長の伯父は長い訓話をした。

額装して理事長室の壁に掲げてある座右の銘の一期一会とか、おそらくそんな空疎な人生訓を並べ立てたはずだが、今ではただ長いということだけしか覚えていない。

それで、目の前に座る新人の女子行員の透き通るような美しい耳をじっと見ていた。

・・・それだけは憶えている。

八人の新人のうち、耳だけではなく見目麗しい三橋千佳子とじぶんだけが本店で働くことになった。

配属はふたりとも営業部だ。

営業といっても、午前中は紺のスーツに紺のネクタイ姿で先輩社員とともに駅前の商店街を回り、売り上げを預かって入金するだけの単調な仕事だったが、午後は定期預金などをしているお得意さんを訪問して回った。

これは、もちろん定期積金を預かったりするが、他行が食い込むのを防止するための定期巡回だ。

五時からは、全行員でその日の売り上げの数字合わせと、それにまつわる書類の整理と点検にかかる。

これが大仕事だ。

気になることがあった。

カウンターのバックヤードで補助業務をする三橋千佳子が、本店長の部屋にひんぱんに呼ばれて席を立つことだ。

ある時、本店長の部屋から出てくる彼女とすれちがったが、頬を涙で濡らしているのがわかった。

それから注意して見ていると、明らかに彼女は気落ちして仕事が手に付かない様子で、課長にもよく叱られるようになった。

千佳子が退社したあとを見計らって、速足で追いつき、偶然同じ電車に乗ったように装って話しかけた。

これを数回繰り返したあと、千佳子が乗り換えるターミナルの駅構内のカフェで、三十分だけという約束で話を聞くことができた。

はじめは何も言わなかったが、本店長が退社後に酒を付き合えとしつこく言い寄っていることが分かった。

「セクハラですね」

と言うと、

「さあ、どうでしょう」

千佳子は、セクハラということばに少しひるんだようだ。

「見てると、課長にわざときびしくするように指示しているようにも見えますね」

「・・・・・」

千佳子は黙り込み、やがて頭を下げると逃げるように立ち去った。

その週の土曜日、郊外のゴルフコースへ向かう車の中で、

「最近の様子はどうかね」

と伯父がたずねてきた。

これは、伯父の口癖で、どんな些細なことでも行内の様子を聞きたがった。

要はスパイだ。

「本店長にセクハラ疑惑があります」

「あの堅物の内田本店長が、か?・・・これは驚いた」

伯父が本店長の名前を口にした。

翌週、何の前振りもなく、内田本店長はいきなり場末の小さな支店へ飛ばされた。

その瞬間、行内のじぶんを見る目が一変した。

それは称賛などではなく、理事長の忠犬を見るような軽蔑の眼差しだった。

千佳子は目を合わせることも、口をきくこともなくなった。

やがて、先輩の同行もなくなり、独り立ちして営業をするように課長にいわれた。

その上、年末までに一億円の預金獲得のノルマを命じられた。

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