断片-1 (その2)
「川崎のソープはヴァイオレンスだぜ」
教室にたむろって、やった女の数を自慢しあう低能の同級生たちの下ネタでそんなことを漏れ聞いたことがある。
京急川崎駅から案内地図を頼りに歩いたが、ソープ街というのが分からない。
まさか交番で聞くわけにもいかない。
迷ったが、なんとか西洋のお城のようなつくりのソープとラブホテルが競い合って建つ北町のソープ街にたどり着いた。
不思議なことに、街路には人っ子ひとりいない。
夕暮れまでまだ間があるからか?
どの店に入ったらいいのやら、見当もつかない。
ここがいちばん安いだろうと目星をつけて、並びの外れのいちばん安普請の店に入った。
「ご指名は?」
白シャツに黒の蝶ネクタイの黒服が、カウンターの中から首だけ出してたずねた。
「あ、いや」
口ごもると、ホステスの笑顔のサンプルが並んだ大きなアルバムをカウンターにどんと置いた。
カウンターの横のアクリルプレートに、時間帯で変動する金額が表示されていた。
「あのう、総額というのは遊びも入れてですか?」
「はい。入浴料とお遊びの総額で、指名料は別途となります」
ぴっちりの黒服の中でかしこまった男は、笑いをこらえながらも丁寧に答えた。
「お遊びなしで、入浴だけだと入浴料だけで済みますか?」
「はい、そうです。ですが、お流し料は頂戴しております。・・・入浴だけでお帰りになるお客さまはまずおられません」
黒服は、小ばかにしたように言った。
お流しだけで帰られては困るとその顔には書いてあった。
ためらっていると、ソープははじめての客と見たのか、本日入店の女の子をショートで、かつおためし価格で大幅に割り引くのでどうかと黒服はすすめた。
・・・豪華なシャンデリアがまばゆい待合室で、他に客もいないのにずいぶんと長いこと待たされた。
やがて、白いサテンのドレス姿の尖った顔の若い女の子が待合室の入口に現れ、
「いらっしゃいませ。サキです。お部屋のご用意ができました」
と両膝を折り、三つ指を突いて頭を下げた。
女の子に手を引かれ、ふかふかの赤いカーペットが敷き詰められた廊下を歩き、突き当りの個室に導かれた。
ここでも、高い天井の豪華なシャンデリアの輝きがまぶしかった。
細長い個室の奥半分がタイル張りの洗い場で、フランス窓風にしつらえた壁際には、長細いホーローの浴槽が半分だけ埋め込まれていた。
ドレスの裾を濡らさないようにしながら、浴槽の蛇口を開いてお湯を入れると、サキは扉のすぐ横のダブルベッドに片膝立てて座り、メンソレの細い煙草をしばしくゆらせ、そっぽを向いたまましきりに壁に向かって煙を吹きかけていた。
それをよいことに、大き目のサテンのドレスからのぞく首と背を観察した。
サキは、ドレスよりもセーラー服が似合いそうな、十代のきゃしゃな女の子にしか見えなかった。
「俺さ、明日が二十歳の誕生日なんだ・・・」
どうしたことか、口が勝手にこんなことを言い出した。
しかも、声は上ずり、おまけにかすれている。
サキは振り向いて、それが何かという顔をした。
湯船からお湯があふれはじめたので、煙草をくわえたまま床に敷かれたエアーマットを壁に立てかけ、蛇口を閉じたサキは、
「ショートだからマットはパスね」
煙草の火を灰皿に押しつけながら、面倒くさそうにいった。
「・・・やってと言われても、できないし」
「いや。マットはいいですよ。今日入店なんでしょ」
それには答えず、サキはこっちをにらみつけ、
「時間ないから早く脱いで」
と急かせた。
サキはジッパーを下げてドレスを足元に落とし、素早く大きなバスタオルを胸高く巻きつけた。
手が震えるのでうまく服が脱げないのを見かねて、
「ああ、お客さんに脱がさせちゃいけないのよ」
とサキはズボンを脱ぐのを手伝った。
「へえ、マニュアルではそうなんだ」
「マニュアル?何それ」
やっと人間らしい会話ができたと思いきや、
「マックって、紙に書いたマニュアルはないらしいね。ぜんぶ口頭でやるらしいよ」
などと話を続けようとすると、サキはそれには答えずに、からだに巻いたバスタオルの中に手を入れ、ブラジャーとパンティーを器用に外した。
だが、洗い場に降りる時、そのタオルをぱっと脱いだので、タオルを巻いて下着を外したのは大して意味のない行為のように思えた。
手で胸と股間を隠して歩くサキのからだは、まるで雨に濡れそぼつ野犬のようにみすぼらしかった。
プラスチックの椅子に座らせ、不器用な手先で股間に石鹸を塗りたくり、蛇口から引いたホースのお湯でからだを洗い流してからいっしょに湯船につかったが、サキは顔をそむけたままだった。
天井のシャンデリアをリモート調光で暗くしてから、サキとベッドに並んで横になったが、入店前の猛々しい気持ちはとっくにどこかに置き忘れてしまっていた。
並んで寝たまま何もせずに時間だけが過ぎた。
サキは、おずおずと手を伸ばし、だらりとしたままの股間のモノを指でくるみ元気づけようとしたが、それ以上固くはならず、白濁した精液がどろりとにじみ出てサキの掌を濡らした。
なおも強く握りしめて、痛いほど上下に擦りたてるのに、
「もういいよ」
軽く腕を叩くと、サキは手を引き、タオルで掌の白い精液を拭った。
「学生さん?」
はじめてサキから口をきいた。
「う~ん。学生というか、運転手かな・・・」
それを聞いたサキは、半身になり、
「ベンツ買ったばかりなんだけど、運転下手でさあ。ドライブいかない?あんた明日が二十歳の誕生日とか言ってたね。お祝いしてやるよ」
とうれしいことをいった。
・・・翌日、サキの指定した横浜駅西口のデパートの前で一時間待ったが、サキのベンツは現れなかった。
北町のお店に電話すると、ずいぶんと待たされたあと電話口に出たサキは、
「急にお店に出ることになっちゃってさ」
悪びれるでもなく、それだけいうと電話はすぐに切れた。
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