断片-1 (その1)
両親が目の前で死に、兄は拉致され、家は焼けた。
そんな行き場のない高校生を、伯父が引き取ってくれた。
しかし、同情からではなかった。
ちょうど住み込みの女中がいなくなったところだったので、その女中部屋が個室として与えられた。
伯母はそれこそ召使だか下男のようにこき使い、それでいて二言目には、
「みなし児をお情けで引き取ってやったのさ」
「食い扶持が増えて家計は火の車だ」
「この恩を忘れたらひとでなしだよ」
などと口癖のように乱暴なことばを投げつけた。
豪邸の番犬のドーベルマンの朝晩の散歩と餌やりが日課で、週末は出来の悪いふたりのいとこ姉弟の家庭教師と遊び相手をさせられ、伯父家族の食事の後に、かたずけと皿洗いをしてから台所の片隅で残り飯をかきこむ日々がだらだらと続いた。
逆境にあっても明るさを失わないシンデレラなら、いつの日にか豪勢なかぼちゃの馬車が迎えに来るのだろうが、一気に家族を失い、無気力という名の海で溺れそうな高校生に明るい未来が待っているはずもなかった。
・・・こんな話をよろこんで聞くひとがいるとも思えないので、これ以上悲惨な青春のストーリーを続けることは止めよう。
伯父の家に引きとられた高校の最後の一年をただただ呆然として過ごした後、大学に入った。
定員割れしている三流校なので、願書を出して試験を受けさえすればだれでも入れる大学だ。
わざとランクを下げて特待生として入学したので、入学金も学費もタダだった。
入学が決まると伊豆大島の自動車教習所の合宿へ送り込まれ、運転免許を取った。
免許を取るとすぐに、週末には伯父のゴルフ場通いのために大型のベンツの運転をすることになった。
プレーのあとに仲間と酒を呑みながら麻雀をするのが無上の楽しみの伯父は、無給の運転手にするために孤児の甥を引き取ったということだ。
大学は低能ばかりの集まりだった。
やる気に目を輝かせているのは、東南アジアからの留学生たちだけだ。
もっともこの連中はバイトに明け暮れて忙しいので、キャッパスに現れる日数は限られていた。
「ねえ、ねえ、呑みにいかない」
「週末に私の車でドライブに行こうよ」
女子学生たちからはよく誘われた。
背こそ高いが、猫背でもって、厚底グラスのようなメガネをかけた生真面目さだけが取り柄の学生のどこがいいのだろう?
安物の香水の匂いを振りまく彼女たちはやはり低能だが、はちきれそうな若木のように輝いて目が眩むほどまぶしかった。
しかし、何事にも自信がなく、根暗なじぶんにとって、彼女たちが目の前に立っても、それは信じられないほど遠い存在だった。
誘いはすべて断り、学校でも家でもひとり貝の殻に閉じこもった。
家で伯母と顔を合わせたくなかったので、ほぼ毎日学校で過ごした。
だからといって、熱心に勉学に励んだわけではないし、友人と呼べるほどの友人もいなかった。
それこそ、とりたてて語るほどもない平凡な日々が、だらだらと続いた。
だが、ひとつのことだけは話しておきたい。
明日が二十歳の誕生日という日に、伯父の平日ゴルフの運転手を仰せつかった。
伯父は郊外のコースをハーフで終えると、都心にもどり、とある高級マンションの地下駐車場に車を停めさせた。
伯父はひとりでエレベータに乗るとき、財布から大金を取り出し、
「これでどこかで遊んで来い。伯母さんには内緒だぞ」
と言ってから、ずいぶんと遅い戻るべき時間を指定した。
時たま週末の接待ゴルフに参加するので、伯父には銀座のホステスの愛人がいることは知っていた。
だから、お金は口止め料であって、誕生日のお祝いでも成人のお祝いでもなかった。
誕生日を知って祝ってくれる人間など、この世にひとりだっていやしない。
・・・ならばじぶんもこの金で女遊びでもしようかと、ふと思った。
成人のお祝いに!
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