電車の中で

MenuetSE

 

 車掌はなにげなく言った。

「荷物席料金、50円お願いします」

 スマホでゲーム三昧だった俺は、突然の「請求」に顔を上げた。そこにはニコニコしてこちらを見る若い車掌の姿があった。俺はヘッドホンを外しながら聞き返した。

「えっ? なんて言いました。荷物が何とか、、、」

 車掌は笑顔のまま答えた。

「荷物席料金です」

 俺は始めて聞くその言葉に思わず言い返した。

「そ、それ何ですか。なんで払わなきゃいけないんですか」

 車掌はあくまで丁寧さを欠くことなく説明を始めた。

「知らなかったんですか。それは失礼しました。お持ちの荷物を隣の席に置いていらっしゃいますが、それで一席占有しています。その料金です。今月のダイヤ改正で導入されました」

 初めて聞いた。俺は慌てて荷物をひざの上に移動させた。

 車掌はそれを見て、やはり笑顔のまま言った。

「知らなかったという事で、今回はお支払いいただかなくて結構です。来週からは、必ず徴収されますのでお気をつけ下さい」

 それを聞いていた周囲の乗客はいっせいに隣席の荷物を取り上げ、膝の上や網棚に移動させた。隣の車両に去って行く車掌を見ながら俺は思った。

<<なんだぁ~~~。荷物置くだけで金取るのかぁ~~~>>

 心ではそう叫んでいたが、小心者の俺は、別に車掌に喧嘩を売るつもりは無い。決まりだからしょうがないので守る。自分を納得させ、気を取り直してスマホのゲームを再開していると、先ほどの車掌が戻ってきた。

「お客さん、そういえば、ここは優先席です。別に使用してもかまいませんが、優先席での携帯使用料金、100円をお支払い下さい。これも知りませんでしたか」

 俺は怒る気力も無くしていた。なんでこんなややこしいことになっているのだ。確かにマナー違反かもしれないが、だからと言ってお金を取るなんて、これではまるで罰金ではないか。

 そこまで考えて、はたと気が付いた。鉄道会社はマナーを守るように言うのを止めて、その代わりに料金を設定することで、マナー徹底と収益向上の一石二鳥を狙っているのではないだろうか。そういえば最近、車内マナーについて、やかましく言うアナウンスを聞かなくなった。

 その考えの正しさは、次の車掌の言葉で証明された。

「そういえばお客さん、大股を開いて、膝が隣席まではみ出していますね。それでは大股料金200円をいただきます。その他にも、15項目ほど料金対象の行為がありますので、一度弊社のホームページでご確認ください。来週からは、くれぐれもご注意下さい。いえ、マナー違反を批判などしていません。今後も、大股や隣席への荷物置きを、やっていただいて結構です。ただ、料金の支払いをお願いします」

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