永遠の彼女
久しぶりにボイドの曲を漁っているうちに、午後になった。
「たまには、麻理をお迎えに行ったら?」
妻の言葉に押され、俺は幼稚園の敷地内へ踏み入った。入園式以来だ。我が子の成長に感極まって、ビデオを回すのを忘れるほど号泣して妻に叱られた記憶しかない。
周りを見る余裕もなかったので、今日は早めに行って麻里が通う幼稚園を見学しようと思っていた。
幼稚園の一室から、ピアノの音が聞こえて来る。帰る前に歌を歌うの、と麻理から聞いていたから、きっとその歌だろう。
「先生の後に続いて歌ってね」
「はーい」
なんとも平和な空間……。
いや、待てよ。
俺は耳をそばだてる。
ピアノの音と混じり、園児の前を歌う先生の声に聞き覚えがある。
高音で、かわいい声音で、でも芯がある太い歌声。
間違いない。あの声は、彼女だ。
園児がわらわらと園庭に放たれていく。駆け寄って来る我が子を抱きとめ、視線をあげると、優しく微笑みながら園児を見送る女性の姿があった。
「先生、さよーならー」
麻理が小さな手をぶんぶんふり回している。それに答えるように、女性も手を大きく振り回した。それが十年前のライブを彷彿とさせ、思わず声をかけそうになる。
が、それはやめておいた。軽く会釈をして、麻理の手を引いて家路についた。
「今日のご飯何かなー?」
のんきに夕ご飯のことを考える食いしん坊な麻理を見つめる。平凡な一日が、今日も穏やかに過ぎていく。
(了)
永遠の彼女 空草 うつを @u-hachi-e2
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