『林芙美子と楠公さん』
北風 嵐
第1話
湊川神社を神戸の人は楠公さんと呼びます。
『放浪記』にこんな一節があります。男と別れ、傷心のまま岡山行きに乗った芙美子が神戸駅で途中下車をします。
《別に当てもない私は、途中下車の切符を大事にしまうと、楠公さんの方ヘブラブラ歩いて行ってみた。古ぼけたバスケットひとつ。骨の折れた日傘。煙草の吸殻より味気ない女。私の戦闘準備はたったこれだけなのでございます。砂ぼこりのない楠公さんの境内は、おきまりの鳩と絵ハガキ屋が出ている。私は水の枯れた六角堂の噴水の石に腰を降ろして、日傘で風を呼びながら晴れた青い空を見ていた。…鳩が足元近くに寄ってきている》
鳩の豆を売るお婆さんに「もし、あんたはん!暑うおまっしゃろ、こっちゃいお入りな」と声をかけられる。そのお婆さんに素泊まり60銭の商人宿を教えて貰い宿泊します。結局、林芙美子は神戸に一泊しただけで去るのです。
私は湊川神社に来ると、なぜかその時の林芙美子を思い浮かべてしまいます。〈煙草の吸殻より味気ない女〉・・さすが小説家、上手いこと言うものだと感心したものです。
私事ですが、境内に楠公会館という結婚式場があります。ここで結婚式を挙げました。別段、私の妻が〈タバコの吸い殻より味気ない女〉だと云う積もりで書いたのではありません。
『林芙美子と楠公さん』 北風 嵐 @masaru2355
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