Dream mage:24「おやおや、ご機嫌ですね」

 わたしの前にも、ヒル創生に選ばれた夢泥棒がいた。

 それが、夢泥棒カルナ。

 夢泥棒をしている中で、彼の名を知らぬものはいない。

 疾風のカルナと異名を持つ、凄腕の夢泥棒だった。

 ある時期から、彼の名を聞かなくなったのだけれども、夢を盗む日々に忙殺されわたしは、気にもとめていなかった。


 シンの話によれば、夢の均衡と世界の秩序を守るために夢魔導師たち自治政府はヒルを作ることを決め、カルナは自分がヒルにされることを知りながら闇のオークションに入ったという。


 だが、彼はヒルにならなかった。

 なぜなら、シンがカルナを好きになっていたからだ。


 彼女は、象徴としての王子に祭りあげられたカルナに同化しはじめたヒルを、無理矢理引き離したのだ。結果、彼は瀕死の大けがを負ってしまった。

 彼がヒルになれなかったため、かわりの夢泥棒が必要となり、候補から選出された――それが、わたし。

 夢見人とのフラートの夢をつかえば、すみやかにヒルにできる、と考えられたのだ。


 自治政府のメンバー内で、選考は極秘裏に決められた。

 シンは反対したが、多数決により可決されたという。可決事項はかならず実行されなくてはならなかったが、再度検討し直すよう議会に嘆願しつづけたシンの尽力により、わたしのヒル創生は延期されてきたという。だが今回、もはやどうにも止められず、実行されたのだ。


「なぜ、シンは反対したの? 世界の秩序をまもる自治政府の一人なんでしょ」

「カルナに懇願されたから。『自分のせいでおなじ夢泥棒がつらい役目を負うのを見過ごせない』と、泣きつかれてはね……」


 それを聞いて、わたしはシンを責めるのをやめた。怒る気も失せたのだ。

 ここで彼女との縁を切ることもできた。でもそうしなかった。さいわいにして、わたしはヒルにはならなかったからだ。


「わたしをここに運んだ理由は、ヒルにできなかった責任から?」

 聞くと彼女は、わたしがいちばん聞きたかった言葉を口にした。

「友達、だから」

 わたしはシンの頭をなで、非礼をわびた。


 朝食の後、シンは教えてくれた。

「ヒル創生に反対したものが、わたし以外にもうひとりいた」

 その名をきいて、わたしはおどろかなかった。

 かといって、納得もしなかった。

「夢買いオボロも……そうなんだ」

 あの男がなにを考えているのかなんて、わたしにはわからない。わからないならば、どうする?

 わたしのなかでは答えはすでに決まっていた。





 日の高い時間、営業前の老舗パブ〈ウシュク・ベーハー命の水〉に入ると、がらんとしたさびしさが広がっていた。いつもにぎわう場所が静かだと奇妙だとおもったとき、カウンターをはさんでバーマンと向き合う夢買いオボロの姿が目に入った。


「おやおや、ご機嫌ですね」

 オボロは、バーマンからギネスを受け取っていた。

 わたしは彼の隣に近寄り、カウンター越しにバーマンを殴った。カウンター内で膝から崩れるように倒れていく。

「暴力はいけませんね」

 オボロは、手にもっているギネスをカウンターへ置いた。


「ハワードの指図とはいえ、アイリッシュ・ウイスキーにムーン・ストラークを混ぜてわたしに飲ませて夢漬けにしたんだ。バーマンとしてやっちゃいけないことをコイツはしたんだ。殴って当然よ」


 起きあがるバーマンはすぐ、すみませんでしたと謝った。

 わたしは許した。かわりに、今後この店で飲む分はすべてバーマンもちだと約束を取り交わさせた。口約束だけでは信用できないので証文を書かせてから、レッドブレストをオーダーした。

 バーマンはすぐに作ってわたしにグラスを渡すと、殴られた顔を治療するためなのか、いそいそと奥の小部屋に引っ込んでしまった。

 受け取ったわたしは、一口飲んだ。

 スパイシーさとクリーミーな甘みが口の中にひろがる。

 ボディは軽く、実に飲みやすい。


「十二年ものか。悪くないんだけど、二十一年ものが飲みたかったのに……」

「体はもう、だいじょうぶなのですか?」

「まあね」


 そう答えてわたしは、気になっていたことをオボロにたずねた。

「ひょっとして、あなたは夢使いですか?」

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