Dream mage:23「おぼえていますか?」

「夢コレクターは、忘れることができない」

 ブランシュのグラスを手にしたシンが、ライラのかわりに教えてくれた。

「忘れることができないから、彼らは忘却結晶である夢を集めることができる。夢コレクターは、おもい出の中で生きている。『いま』という時間を止めようとコレクションする。だから本来、彼らは歳を取らない」

 ちなみに、とつけくわえてシンは「ティル・ナ・ノーグに住むわたしたちは『いま』を生きているけど、夢泥棒とおなじく夢をもたないから歳を取らない」と語り、「だから幼いままでいられるんだよ」と、夢見人と結婚して大人になったわたしに対して不敵な笑みをみせてくる。

 わたしは目を細め、お子様にブランシュは早いですよ、とシンからグラスを取り上げてやる。夢見人といっしょにしないで~と短い手を伸ばして駄々をこねるシンは可愛かった。

 

「とにかく、彼ら夢コレクターを作ったのは十二番目の妖精、ライラ・ズームルッド。彼女なの」

 十二番目の妖精、といい切ったシンの言葉に、ライラは声を上げて泣いてしまった。


 彼女はスリーピングビューティーであったわたしを起こすために、心清い王子をつくろうと奮闘した。だけど、起こす前にわたしが勝手に目覚めてしまった。はしごを外され、行き場のなくなった彼らは飢えと我欲を満たすために、夢コレクターとなってしまったのだ。

 悪いのはライラじゃない。

 自ら目覚めた、わたしなのだろう。だからといってヒルになればよかった、とはおもわない。


「ライラ。老いはかなしいけど醜いわけじゃない。わたしにはなにもできないけど、ハワードのこと、頼むよ」


 わたしのできることは言葉をかけてあげることだけ。気休めだ。泣きながらライラは、ありがとうございますと涙を拭いた。

 わたしは彼女の入れてくれたアイリッシュ・コーヒーを飲んで、おいしいと笑った。


「おぼえていますか?」

 自ら話を脱線した詫びをしてから、シンは涼し気な表情で問いかけてきた。

 昨日のことをふり返り、わたしは体験したことを端的にはなした。

「ハタが夢泥棒の夢玉を競売にかけ、ハワードが落札。その夢玉をつかってわたしを狙撃し、悲痛から呼び寄せた死霊をあつめて原初の月をつくり、ヒルを誕生させようとした。オボロが止めてくれなければわたしは、どうなっていたか……」

 言葉にすると昨日の出来事がよみがえり、嫌な思いが胸に湧いてくる。おもわず息を吐いた。

「オボロが? そうですか……ほかにおぼえてることは?」

 シンはパンにハムをのせる。

 あまりに素っ気ない態度にわたしはたまらず、はっきりいってやった。

「夢魔導師を束ね、自治政府に席を置くシン・ルナリス。教えていただけませんか、闇のオークションの意味を。あそこは、夢泥棒をヒルにする場所なんでしょ。わたしたちはそれを知らない。あなたたちは知ってて隠している。どうしてわたしたち夢泥棒を生贄にする? ヒルにされていったから、わたしたち夢泥棒の数は減っていったのではないですか?」


 はっきり応えなさい、と怒鳴ってテーブルを叩いた。

 そもそも夢魔導師ハタが語っていたことだ。おなじ夢魔導師のシンが知らないはずがない。


「がならなくても聞こえてます」

 シンは口にパンを運ぶ。

 塩気が足らないわねといって、塩を振りかけた。


「だったら応えて。わたしはなに? ヒルにするための道具?」

「友達よ」

 そう応えたシンの目は潤んでいた。

「でも、友達であると同時にわたしたち自治政府は、この世界を守る義務を負っています。夢泥棒みたいに、飲んだくれて盗みほうけていればそれでおしまいってわけにはいかない。この世界を守るためならわたしは、友を道具にだって使います」

「道具だとっ」


 わたしは席を立った。

 シンは気にとめる様子もなく、話し続ける。


「カスミは、ヒルがなにか知らないでしょ。ヒルはね、自己愛のファルスそのものなの。自分は他人とはちがうから、ひとつになろうとする。けど、けっしてひとつになれないことを知っている。理想は、自分が他者となって、もうひとりの自分を愛せばいい。そのための象徴として、ファルスが必要。ファルスを求めるものにとって、ヒルは女神そのものなの」

「それって、人形ってことでしょ」

「いいえ、女神よ。眠り姫の永い眠りを覚まそうとやってきたはずなのに、肝心の眠り姫は自身で目覚めてしまった。やり場のない憤りを抱えた永遠の少年プエル・エテルヌスたちにとって唯一の救いの女神。それがヒルなの」


 わたしはシンを叩こうと手を振りあげる。

 でも、ライラに止めに入られてしまった。


「いがみ合うのはやめてください」

「叩いて気がすむなら、殴りなさい。世界を守るために友を道具に使うことにおびえたりしない。誤ちを犯していると知っていても、すべてを守るために友を裏切る。裏切り者と呼ばれても」


 シンを叩いたところで、かなしみが募るだけなのはわかっていた。義務と責任において、彼女のしたことは間違ってはいない。間違っていないけれども、わたしは許すことができなかった。

 わたしの腕にしがみつくライラを突き放し、シンをひっぱたいた。


「……おもい出した。あなたがカルナの愛したシンなのね。カルナをヒルにしそこねたから、その責任をとって結婚したの?」

「ちがうっ」

 打ちすえて赤く染まった頬をそのままに泣きはらしていくシンの顔をまえにわたしは、感情を吐き出した。

「カルナをヒルにできなかったから、今度はわたしをヒルにしようとしたんでしょ!」

「そうじゃないっ。カルナは……全部知っている」

 シンは泣きながら、わたしの知らないことを話してくれた。

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