Dream mage:22「……また、歳を取ってしまいました」

 ライラはテーブルに焼けたばかりの厚めに切られたパン、チーズ、ハムをならべていく。カップに注がれたアイリッシュ・コーヒーからは、芳ばしさとアイリッシュ・ウイスキー独特の香りが湯気とともにたちのぼり、鼻腔をくすぐってくる。

 同席するシンのためにライラは、厚めのグラスにボトルにはいったブランシュを注ぎ入れる。泡が落ち着くのを見計らい、瓶をくるくるっと揺すって底に溜まった酵母も残さないよう注ぎ入れた。

 グラスを前にするシンの顔がほころんでいる。

 ライラは自分用にと〈悪魔の酒〉と呼ばれるアブサンを、グラスに注いだ。


「すてきな出会いと友情に」

 シンの合図のあと、わたしたちはグラスを手に乾杯した。

 わたしは目覚めの一杯、とばかりにすすった。なつかしい。これだよこれ。おもわず顔がほころんでしまう。


 シンは一口飲んで、はぁ~と息を吐いた。 

「なにかおもい出してくれましたか」


 おもいだすも何も、昨日の出来事はおぼえていた。

「ハタには聞いた?」


「彼なら、責任をとって自治政府議長を辞めました」

 シンはグラスを口へと運ぶ。

「今回のことについて、彼はおぼえていないとは言っていません。『おもい出したくない』といって、はなしてくれないのです。ときどきおびえながら『自分は悪いことをしたんじゃない、自分だけが悪いんじゃない、ほかに方法がなかったんだ』と、つぶやいています」


 ついでにカスミにも謝っていました、といってシンは唇を噛んだ。

 わたしは彼女の仕草を一瞥し、アイリッシュ・コーヒーを一口すする。


「オボロは?」

「夢買いオボロもいたのですか?」

 シンはおどろきの声を上げ、ライラをにらんだ。

「あ」

 アブサンを飲む手を止めて、

「そういえば」

 と、ライラは苦笑いをしている。


「たしかに彼も、夢コレクターとして登録されてるから、あの場に来ていてもおかしくない。でも受付の入場者リストに夢買いオボロの名は……」


 独り言のようにシンはぶつぶつつぶやきはじめる。隣に座るライラはなにか言いたげな顔をしていたので、わたしは彼女の名を呼んだ。


「ライラ、まだ礼をいってなかったね。シンを呼びにいってくれてありがとう。ハワードはどうしてる?」


 ライラは少しうつむき、上目遣いでわたしをみる。開きかける口は、言葉のかわりにため息が漏れ出た。


「……また、歳を取ってしまいました」

「ハワードが?」

「すべての夢コレクターが、です」

「そう……なんだ」

「わたしの、責任です。歳を取らないこの世界で、彼らだけが老いていく。わたしが、悪いんです……わたしが」


 ライラは鼻をすすった。

 下をむく彼女を前にしてわたしは、腕を組んでむずかしく考え込んでいるシンをみた。ライラを気にする様子もなく、他事を考えるのに忙しそうだ。

 泣く子を相手にするのは、もっとも苦手とするところ。オボロの注文に応えようと仕事するより、はるかにむずかしい。


「どうして歳を取る? なぜそれがライラのせいになるの?」


 いまの質問の、なにがいけなかったのだろう。

 わからないから質問しただけなのに、ライラはテーブルクロスをつかんでは握りしめ、大粒の涙をボロボロこぼして汚していく。

 こういうとき、どうしたら……。

 かける言葉がみつからず、口を動かすも言葉が出なかった。

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