Dream mage:21「オボロのやつ……」

 目を覚ましたとき、わたしは見覚えのない部屋にいた。

 屋根の張りがまるみえの高い天井、左手には木枠の窓がはめられ、すき間から光が射し込むのをみて、生きているんだとおもった。

 上体を動かすと軽い。ベッドから楽に起きられた。

 足下にはリンゴやパンの入ったバスケットがあった。踏んづけないように気をつけて木の床に足をおろす。正面の木枠の窓を開けると、広い庭園がみえた。気持ちいい風が吹き込んでくる。

 髪がなびくのをたのしんでいると、

「おはよう、元気そうね」

 背後から声がした。


 振り向くと、ライラと長い髪を両耳上で縛ってたらす小柄な少女の姿があった。纏っている青いローブを引きずりながら、彼女が近づいてくる。


「わたしは、今回の件の調査を任された夢魔導師シン・ルナリスといいます。あなたが、夢泥棒カスミね」


 あどけない微笑みをうかべながら、幼い少女目が目の前に立つ。

 彼女が、夢魔導師シン――名前には聞き覚えがあった。


「そうです」

 と、こたえながらわたしは、さりげなくライラと見比べた。

 おもわず抱きかかえたくなる衝動をおぼえるほど、シンはあまりに幼い。はたして本当に彼女が、自治政府の一員である夢魔導師なのだろうかと疑いたくなるほどだった。


「ここは、夢魔導師協会内にある私邸です。あなたに危害を及ぼすものは入ってはきませんので、安心してください」


 シンの話によれば、昨日ライラに呼ばれて競売会場に足を入れたときには、参加者全員が折り重なるように倒れていたという。

 けが人も多く、すぐに救護員が駆けつけ、調査が終わるまで競売は中止となった。なにが起こったのか状況を知るために調査委員会が設けられ、意識のはっきりしている夢コレクターたちから事情をたずねたが、彼らは口をそろえたように「なにもおぼえていない」としか答えなかった。意識がもどった他の関係者にも質問してみたが、どういうわけか誰も「おぼえていない」といい張る始末。


「あなたの仕事仲間もけがをしていました。しばらく安静が必要です」


 シンは仲間の安否も教えてくれた。

 もちろん彼らにも質問したが、やはりおぼえていなかったそうだ。

 どうしても思い出せない、とカゲツは嘆いたという。彼は嘘をつくような夢泥棒ではない。本当におぼえていないのだろう。


「競売をはやく再開するために議長に専任され、委員会を立ち上げたというのに、状況がわからず困っています。カスミはなにか、おぼえていませんか?」


 起きたばかりのわたしにシャワーも食事もなしで尋問するなんて。

 あのオボロでもそんな扱いは……と、ふり返れば、心当たりの数々がおもい出されてきた。

 そういえば、やけに頭がはっきりしている。

 ハワードに撃たれたはずなのに体も軽い。

 弾丸に使われたのは、もともとわたしがみた夢玉。だから撃たれても、肉体には傷すら残らないのだろう。夢酔いしていないのは、寝ている間にオボロが夢を買っていったからにちがいない。


「オボロのやつ……」

 鼻で笑うと、どうしましたかとシンが聞いてくる。

 頭をかきながら、「こっちのこと。なんでもない」とつぶやく。「熱めのシャワーとアイリッシュ・コーヒーを飲ませてくれたら、なにかおもい出すかもしれないよ」

「朝食は準備させますので、おもい出してください」

 シンはライラに、朝食の支度をするよう促した。


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