Dream mage:20「我らを、クカニアへと導いておくれ!」

「すべて、夢見人が悪いのです」

 ハタは会場をみわたしてつぶやいた。

「自らヨルが入り込めない世界を夢みておいて、夢がなければ生きていけないと嘆く。その喘ぎが、ティル・ナ・ノーグをくるしめている。我々が生き残るためにも、女神を生みださなくてはならない。そのためなら、夢泥棒を生け贄にして、なにが悪いというのかね。ヨルの数が減りだしたころより我々夢魔導師は、夢泥棒を犠牲にしてヒルを産み出してきました。それもひとえに、このティル・ナ・ノーグを守るためなのです。恨まれることはなにもしていない。むしろ誉められることをしているのだ」


 ハタは目を伏せ、わたしを見下ろす。


「カスミ、おとなしくヒルに喰われなさい。きみの夢から生まれたヒルは、自分の体を求めている。ヒルに体を差しだせば、きみ自身がヒルとなる。夢見人の世界とティル・ナ・ノーグを救う架け橋、虹となれる。それはとてもとてもすばらしいことなのです。名誉でもある。なぜなら、きみは女神になれるのだから」

「女神、に?」


 声を絞り出して、ハタに問いかけた。


「きみは女神――ヒルになる。ヒルはファルスそのもの。きみの意識はきみのものではなく、ファルスを求める相手の夢になる。つまり、永遠の女神になれるのだ。すばらしいことだよ」


 わたしはどうなってしまうのだろう。自分で考えるだけの気力が、もはやなかった。

 場内に目を向けると、夢コレクターの男たちは皆、折り重なるように床にひれ伏し、宙をさまようヒルに憧れのまなざしをむけて微笑んでいた。彼らはきっと自己陶酔の中にいる。自分の世界で自分が気持ちいいことだけを集め、そのよろこびを存分に味わっているのだろう。

 本人にとっては気持ちいいことなのかもしれない。でもその様子を眺めるわたしは、気持ち悪かった。


「ファルスを求めるものたちの人形になりたまえ」


 冗談じゃない、わたしは人形なんかじゃない。

 ハタの顔面に蹴りを入れてやる、と怒れば起き上がれそうな気がした。そんなときだ、わたしの前にヒルがやってきた。

 ヒルは、わたしを模した姿で両手を広げて微笑んでいる。

 祝福のつもりなのかもしれないが、悪魔の手招きにしかみえなかった。逃げようにも体が動かない。陰陽縛で動きを封じられているみたいだった。

 夢泥棒のわたしが、ヒルのわたしに縛られる?

 もはや、笑うしかなかった。


「わが愛しの……スリーピー、ヒルとひとつになることで、女神と……なる、のだ。そ、そして……」

 なんとか立ち上がろうとするハワードが、声を張り上げる。

「我らを、クカニア夢之楽土へと導いておくれ!」


 ハワードの叫びと共にヒルがわたしに抱きつく――その瞬間、ヒルが細い首をたてていななくように一声をあげた。もだえくるしみながら、切られた左腕を押さえてヒルは、赤い月へと逃げていく。


「なるほどね」


 顔を上げるとオボロがいた。

 彼の手には剣が握られている。

 実体のないヒルを傷つけた剣が、白く輝いていた。


「夢泥棒減少の原因とは、ヒル創生の生け贄にされてきたためだったとは……」


 急にオボロの口調、声色が変わった――透き通るきれいな声に。

 彼は動けないわたしをそっと舞台に寝かせて立ち上がった。


「ヒルがみせる夢で世界を満たそうとする。そうすれば夢追い人の世界もティル・ナ・ノーグも夢に満ちあふれるというわけね。でもね、それだと夢追い人は生きようとしなくなってしまう」

 手に持つ剣を頭の上へとかまえるオボロ。

 ハタの眉間にしわが寄る。

「おまえは……オボロではない。だれだ?」

「我が誰か知りたいか? ならば教えよう。よくみてるがいい。孤独の果てに狂気に走る外道め!」


 そう言うと、手に持つ剣を勢いよく振り下ろした。

 そのひと振りが空を切り、ヒルの逃げ込んだ赤い月にまっすぐむかって飛んでいく。

 真っ二つに切り裂かれた瞬間、場内に絶命の叫びが響き渡る。

 宙に浮かぶ赤い球体は砕けちり、爆風が場内にいるすべてを壁や床にたたきつける。

 ハタは競り壇にしがみついていたが、ついに飛ばされて壁に叩きつけられた。わたしも吹き飛ばされ、何かにぶつかり、わたしの意識はそこで途絶えた。

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