Dream mage:19「夢泥棒を生贄にだとっ」

「オ、……ボロ」

 かすれた言葉がわたしの口から漏れ出る。

 からだの奥底から悲痛を無理矢理しぼり出され、意識を保つのがやっとだった。指先を少し動かすだけで、激痛が全身を駆けめぐる。息をするのがやっとだった。

 オボロがわたしを助けようとしている。夢玉にしか興味を示さないオボロが、助けるだって? そんなこと信じられなかったが、目の前で起こっていることは事実だった。


 いつのまにか、天井近くに赤い月が浮かんでいた。

 わたしから悲痛をあつめていく死霊を、宙に浮かぶ赤い月が飲み込んでいく。

 何が起ころうとしているのだろう。

 消え入りそうな意識の中、抱き起こして何度もわたしの名前を呼ぶ声がきこえた。


「引き返してきて正解だったな、大丈夫か」

「気をしっかりもってください」


 わたしは答えることができす、ふくれあがった赤い月をぼんやり眺めていた。


「カスミをつれてはやく逃げろ」

 慌てて叫ぶオボロの声。

「逃げろって言われても」とカゲツ。

 ツキミとサクヤが、わたしをセボウに背負わせる。

 背中越しから、夢コレクターたちが行く手を阻んでいるのがみえた。周囲をぐるりと取り囲まれては逃げ出せるわけがなかった。


 場内では、夢コレクター達による拍手が鳴りひびき、両腕をあげて壇上に上がったハワードを称えている。


「諸君、我々夢コレクターの悲願が、ついに実ろうとしている。老いることも死ぬこともない。互いを理解し合い、さびしさやかなしみからも解き放たれて、あらゆる願いが成就される。永遠に眠り続ける女神、スリーピングビューティーの目覚めを唯一許されし、我ら夢コレクターの悲願が、いま実ろうとしているのだ!」


 歓声が沸き上がる。

 宙に浮かぶ球体はしずかにハワードの頭上へと降りてくる。


「我々のスリーピングビューティーが持ちつづけた純粋な夢から作り上げた原初の月が、いま、頭上にある。さあ、我々の前に現れよ。そして、すべてのかなしみから解き放っておくれ!」

 ハワードの言葉に呼応するように、球体が脈打ち、裂け目が生まれてなにかが出てくる。

 それをみて、わたしは大きく目を見開いた。


 球体の裂け目から頭が抜け出ると、首を振り、髪を振り乱して肩が出る。長い腕を伸ばし、胸を張るように反り返りながら上半身だけ外に姿を現した。

 その姿は間違いなく――生まれたばかりの姿をしたわたし、だった。

 彼女は両腕をハワードへと差し伸ばす。ハワードは彼女を抱きしめようとするも、ハワードの体をすり抜ける。

 どうやら実体ではなかった。


「実体化してない、だと」つぶやくハタの声がきこえる。「前回同様、生け贄をささげたというのに……死霊がすくなかったのか。ずいぶんとオボロが消し去ったせいだ」


 どういうことなの、わたしは声をしぼり出す。消え入りそうなかすれた声だった。

 それを聞いたオボロは、「夢泥棒を生贄にだとっ」とまるでわたしの代役を買って出たみたいに叫んだ。


「ヒルをまともに創ろうとすれば時間がかかりますからね。手っ取り早く作ろうとするためには犠牲が必要なのです。なにかを手に入れるためには代償がつきものだということぐらい、きみにだってわかっているはずではないですか、夢買いオボロ」


 ハタは、原初の月から現れたヒル――上半身はわたしの姿をしながら、胴体は蛇のようにくねりながら長く伸びていく――を見ていた。

 オボロも、目で追っていた。


「ヒルを創るためには、幻獣を産み出す方法を用いればよいではないですか。そのために夢を集めているのではなかったのか」

「集められる夢の多くは、ティル・ナ・ノーグの維持に使われています。残りをヒル創出のために貯蓄していますが、あと数百年はかかるでしょう。加速度的に進化しつづける世界の住人たる夢見人は、ますます夢をみなくなっています。悠長にあつまるのを待っていられる余裕がないのは、あなたもご存知ではないですか」


 わたしの姿を模したヒルが、夢コレクター一人ひとりにからみつくようにすり抜けていく。そのたびに、一人、また一人と、夢コレクターが膝を折るようにその場に崩れていく。

 カゲツたちにも、やさしく甘えるように抱きついてきた。実体のないヒルが風のようにとおりすぎていく。それだけで男たちは顔を赤らめ、その場に倒れていった。倒れながらも、微笑みながら宙をさまようヒルを、気持ちよさそうに眺めていた。

 セボウが力なく倒れると、わたしもいっしょに舞台に転がるように倒れた。

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