Dream mage:18「夢魔が、死霊を呼ぶのだ」

「おめでとうハワード・グリフェルド。夢泥棒の夢は、きみのものだ」

 わたしは、近づいてきた運送担当者に夢玉を渡した。

「そして同時に、夢漬けにされた夢泥棒をヒルに変える権利も得ました」


 ハタは大声を上げた。

 会場にいた夢コレクターたちが立ち上がり、歓声の雄叫びとともに鳴り止まない拍手が響きわたる。


「……なにそれ」

 わたしは、慌ててハタをみた。

「どういうこと?」

 ハタは驚いた様子もなく、落ち着いた口調で話しはじめた。

「ヒル創生にあたり、夢泥棒の夢玉だけでは不十分なのです。夢見人の発達過程において重要なファルス。だが、産んでくれた母親にファルスはなかった。だが、ファルスをもつ母親像は存在している。ゆえに、ファルスの代用としてフェティッシュを欲望するのです。夢玉はまさにファルスそのもの。夢コレクターがヒルを創り出すには、夢玉の持ち主である夢泥棒を依り代にしなければならないのです」


 競売で手にれた夢玉が、ハワードのもとに届けられた。

 彼は会場に持ち込んでいた横長のトランクから取り出した短銃に受けとった夢玉を込め、わたしに銃口をむけるや、ためらいもなく引い金を引いた。

 銃口が火を吹く。

 赤い光と、宙を切り裂く音を聞いた。

 突然、胸に痛みをおぼえた。


 ――撃たれた?


 体中がふるえ、立っていることも耐え難い。その場に崩れそうになる。ひざが曲がる瞬間、砕けるような痛みが襲った。目を強くつむり、歯を食いしばる。痛みから逃れるように体を起こし、わたしはその場に倒れてしまった。


 かすれいく視界にみえたのは、煙――いや、煙じゃない。

 煙に髑髏の顔がみえる。


「夢魔が、死霊を呼ぶのだ」


 ハタの声が聞こえた。

 痛みにこらえながら横目でハタをみる。競り壇の前に立ち、辺りをただよう死霊をみながらほくそ笑んでいた。


「死霊はカスミから夢を喰らい、悲痛を取り出しているのです」

「悲痛だと?」


 オボロの声だ。

 そんなことも知らないのかという顔をして、ハタが応えた。


「病にくるしむ痛み。同情からくる痛み。はっと恐れる痛み。体がうずく痛み。がっかりして嘆く痛み。死を哀れむ痛み。眉をひそめる痛み。痛々しい痛み。憂いある痛み。心を破る強烈な痛み。心の底からの痛み。夢魔はこの十一の悲痛を感じ取り、それを触媒にして女神たるヒル創生の儀式を行うのです」

「ハタ・ヨーマ、きさまーっ」


 雄叫びのようなうなり声をあげて、オボロは黒衣の下から剣を取り出した。思い切って剣を振り下ろす。

 宙を切り裂く悲鳴とともに死霊をはじいていく。

 その姿にかつてみた夢使いの面影がだぶった。手に持つ智慧の利剣をひとふりして夢魔をなぎはらった、あの夢使いと。


「おやおや、夢買いオボロ。鼻息が荒いじゃないですか。感情的になるところをはじめてみましたが、きみにも感情パトスとやらを持ち合わせていたとはおどろきだね」


 ひややかなハタの声が聞こえるなか、オボロは剣を力一杯振り下ろして死霊をなぎ払っていった。

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