Hemming:01「夢見人の世は移ろいやすい」
かつて「街には夢がある」とおもわれていた時代があった。
街灯に群がる昆虫のように、眠ることをわすれた現在の街に夢はない。法律や社会制度、建築や道路、生活空間、都市は自然を排除することでつくられ、すべて人の手によって脳が生み出した世界。
物質世界はたしかに夢見人の世界を豊かにした。交通手段や情報通信技術の発達、市場の国際的な開放などにより国際的移動が活発化し、様々な分野で国境があいまいになるなかで各国が互いに依存しあい、国際社会の動向を無視できなくなっていた。
だが自らの傲慢さが世界に閉塞感をもたらし、拡大しつづけてきた世界はまたたくまに収縮していった。世界的危機を乗り越えた先にあるのは、天文学的に膨れ上がった将来への借財の処理である。
まこと、「夢見人の世は移ろいやすい」
栄えていたものは必ず衰え、流行りや廃れもくり返す。
夢見人は自ら夢みて情報社会を作り、便利さ故に無常なる世界だったことを忘れている。そして、誰かが願った傲慢な夢のために、世界が夢を奪っている。
まさに「商売敵」だと、わたしは笑わずにはいられない。
行くあてもなくさまよう人たちは地べたにしゃがみ込んでいる人たちに声をかけ、見知らぬ二人がどこかに消えていく。言葉に嘘を着せ、ひとときの偽りの安らぎを売り、不安を紛らわせる虚偽を買い求め、鬱屈した決して晴れることのない闇でもがく人たち。ありふれた光景。それが善なのか悪なのかはわからない。
ときどき思う。夢見人という生き物は、どうしてやたらに意味を求めたがるのだろう。その行動はなんのため? あの行為はどういうこと? 誰しも安易に真実を求めたがっている。それとも価値を求めようとしているのだろうか。
自分に価値があるのか、それは誰にもわからない。わからないからこそ、知りたがる。自分が納得できる何かを求めてしまう。それが希望であれ、欲望であれ、一歩踏み出す力となる。それが夢だ。
その夢を盗むのがわたし、カスミ・ヘミング。わたしは誰かに支配されることも支配するのも、手を貸すことも借りることもいやだ。だから、ヘミングという名を自分につけ加えた。
フジコ・ヘミングというピアニストからもらった。彼女はまさに「奏でる」と表現するにふさわしい弾き方をする。わたしは彼女の妙技に驚嘆し、胸の中に恐怖をおぼえ、もてるすべての尊敬をもって称えた。偉大な夢見人に出会えたことを忘れないためにも、彼女の名をもらったのである。名前を持たない夢泥棒のわたしが名前をもっているなんて、贅沢なのかもしれない。
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