Old hag attack:03「オールド・ハッグではない」

 多くのニューファンドランドの住民は、オールド・ハッグの言い伝えをよく知っている。『夢をみている最中にまるで誰かが自分を押さえつけているような感じがする。叫ぶ以外は何もできない。もし誰かに起こされなければ死んでしまう』と信じられている。また、ハッグされることは、ナイト・メアを体験することと同義であるようだ。


 メアとは、古ノルド語でインキュバスを意味するが、動詞の「圧し潰す(merran)」が語源だ。なので、メアは悪魔ではなく純粋に邪な喜びのために人の上にのる者のことである。


 イギリスの最古の伝承の一つ英雄ベーオウルフの冒険を語る叙事詩に登場する巨人の怪物グレンデルは真夜中に獲物を潰して貪り食うため、メアといえるだろう。

 オールド・ハッグの意味を知らず、この体験をザ・ハッグズという夢見人もいれば、ハッグ・ローグという名前で知っているものもいる。「ハッグが乗った(hag rode)」や「ハッグに乗られた(hag rid)」から転じたものだ。

 ニューファンドランドでは、「ハッグする(to hag)」という動詞がもっとも多く使われ、「支配する(to ride)」は少ない。


 ニューファンドランド以外でもっともよく使われる英語表現はridingだけど、ridingするのはハッグではなく魔女。ニューファンドランドではまた、diddiesやnightmareとしばしば呼ばれることもあり、この現象に使われる言葉にバリエーションが多いことに加え、表現はふたつ以上の意味を同時に持っている。この現象がときどき夢と呼ばれるだけでなく、タイプの違う悪夢、無力感を含む場合には、しばしばオールド・ハッグに分類されることもあるようだ。


 オールド・ハッグについて、ハッグが何かということがいつも問題になる。

 もともと、別々の俗信の中にあったふたつの説明が融合した結果であろう。

 第一の説明は悪魔の呪いや吸血鬼や幽霊の場合のように、ハッグとは超自然的な化け物で、あるときには自分の意志で、あるときには誰かに呼び出されて、現象を起こす。

 第二の説明では、ハッグ体験は生きた夢見人の魂がその体を離れて直接その現象やそのほかの活動を起こすという考え方である。ここでは魔女や魔法使いが主役である。


 ニューファンドランドでは、ハッグ体験は化け物が起こしたり、夢見人が超自然的に起こしたり、あるいはこのふたつの組み合わせによって起こされていると考えられている。


 ハッグ体験は、覚醒状態もしくは睡眠に続く直後、何かが部屋に入ってきてベッドに近づいてくるのを聞くか見るかし、胸を圧迫されあるいは息ができなくなる。誰かに助けてもらうか自身で麻痺感覚から抜け出すまで動けず、あるいは叫ぶことができない。超自然的存在が襲い来ることや消化不良、血液循環の停留、あるいはいくつかの組み合わせによりこの体験が起こると説明されている。


 とはいえ、寝ているときに体が動かなくなる金縛りは、医学用語で「睡眠麻痺」とよばれる現象だ。


 睡眠は、大脳を休息させる「ノンレム睡眠」と、身体は休んでいても脳は活発に働いている「レム睡眠」を交互にくり返しているという。

 全身の筋肉が弛緩していて力が入らないレム睡眠中に脳だけが目覚めると、睡眠麻痺が起こると説明されている。


 文化や風土が違っても、体に起きる現象は同じ。にもかかわらず、どの時代、どの国においても金縛りは亡霊や悪魔の仕業だと信じ、「心霊現象」として語り継がれてきた歴史がある。


 わたしは、ニューファンドランドのオールド・ハッグと呼ばれ恐れられていた。

 けど、わたしは夢泥棒。

 オールド・ハッグではない。

 心の中でいつも叫び、なぜ自分がこんなところにいるのだろうと考えていた。オボロと出会うまでは――。


 ケルト神話にこういういい伝えがある。かつて人々に崇められていたドゥルイド教の神々は、キリスト教の出現によって、誰にも見向きされなくなった。供物も捧げられなくなり、そのうちどんどん体が小さくなり先史時代の巨石建造物地下の世界に逃げていった。それがいまだに語り継がれている妖精といわれている。


 キリスト教に追われた異教の神々の末裔、救われるほどよくもないが救われないほど悪くもない堕落した天使。彼らはときおり、地上に現れ、夢見人を驚かしているというのだ。


 ひょっとするとそれは夢泥棒のことなのかもしれない。

 闇の牢獄の出口と、たまたまつながってしまったのではないだろうか。

 わたしはそう思っている。

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