Anecdote:02「夢泥棒が盗む夢とはなにか」

 まず初めに呪術を学んだ。

 呪術の理論はとても単純。何しろ基本法則は共感呪術『接触したもの同士には何らかの相互作用がある』だけで、他はその応用なのだ。基本法則の応用には感染呪術と類感呪術のふたつがある。


 感染呪術とは『以前一つのものであったもの、または相互に接触していたものは別れたあとでも神秘的なつながりが継続している。よって片方に起こったことは、もう一方にも影響を与える』というもの。つまり、過去に接触してひとつだったならば、現在離れていたとしても相互作用は残っているということ。これには応用があり、感染連鎖呪術という。これは感染呪術の影響を受けているものに近づいたり接触したものにも、同じ相互作用が働くというものだ。


 類感呪術は『似たもの同士には何らかの相互作用がある』ということで、感染呪術より応用が広く、三つある。

 ひとつは類似行為呪術、『何かがある行動をすれば似たものも同様の行動をする』風を呼び嵐となって雨を降らせる雨乞い踊りがこれに当たる。

 ふたつめは類似作用呪術、『何かに起こることは似たものにも起こる』これは感染呪術と併用して用いられ、呪い人形に使われることが多い。

 みっつめが類似共有呪術、『似たもの同士は性質を共有する』です。相手の容姿、仕草や態度をまねることで相手の能力をまねることができるってわけ。これらをベースにわたしたち夢泥棒は夢を盗む。


 次に盗む対象、夢についてのことを学んだ。

 夢をみる生物は三重性、「身体」「魂」「精神」からなる存在。身体とは感覚器官をもってする知覚作用と、生成、繁殖等の生命現象までを含めた総体としたものだ。魂は共感と反感ふたつの独自の法則にもって作られる快、不快の感情の動き。精神は非物理空間の客観世界による客観認識しうるスピリット。

 夢見人とは、魂の衣を着たスピリットが身体という鎧に宿っている生物であるとあたしたちは考えている。スピリットと物質との間には境界はなく、宇宙と内在するスピリットを信じ、スピリットの精神とそれが物質と一体である。「ふたつのものはひとつの意味をもつ」という言葉そのものだとアネクドートは言っていた。

 生命を維持する基本物質、東洋では気と呼ぶエネルギーがある。気は意識のようで異なる種類の物質。夢見人のスピリットに影響を与えるには自然のエッセンス、生命力を喚起するエネルギーを蓄えた物質を用いる以外に効率的な方法はなく、自然の錬金術の共力作用、シナジーを用いることで、より効果的に夢を盗ることができる。

 そして、アネクドートは言った。

「――夢泥棒が盗む夢とはなにか。それは意識そのものです」と。


 意識、すなわち眠っていて無意識なもの。また意識は死の子供でもある。四六時中、自分の肉体を破壊し続けることによって意識を持ちうるからだ。何かを思考する、そのプロセスが自己を破壊していく。

 死とはいつか突然起こるものではなく、生涯にわたって起こり続けている。意識がそれ自体発展するたび、夢見人は肉体の死のプロセスに入らなければならない。その結果、夢見人は現世の向こう側、彼岸で再び生まれる。そのときは肉体を必要としない、意識を発展させる状態になる。この永遠の意識はもはや死を頼らないでもてるが、それを手にするためには死の門をくぐらなければならない。

 生と死は砂時計のようにくり返し反転し、こぼれ落ちる砂が意識そのもの。魂の衣を脱いだ精神、つまりスピリットであり、気であり、意識は、目にみえない形、聞こえない声や音楽として現世に満ち満ちている。その音楽は自然が醸しだし、生物が死ぬとその音楽とひとつになる。

 夢泥棒は生きているものから欲に飾られたその音楽、意識、気、スピリットを盗むことができる――生きながらにして。

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