Beautiful dreamer:20「夢泥棒の夢はもらったーっ」

 答えられるのを見越してべつな解答を用意してあるのだから、と清志をみて、

「ん」

 わたしは首を傾げる。

 ……あれ?

 そういえば、用意したおぼえが……ない。

 しまった、べつの解答を用意するのを忘れてたっ。

 どうしよ……やばいっ。

 どうするの?

 わたしは、食い入るように浮かびあがる清志の顔をみた。



「ここまでとは……なかなかするどい」

 清志は、眉をこれでもかというくらいにしかめて唸る。

「これくらい簡単です」

 うれしそうに肩を揺すって笑うオボロの右手が、清志へ差し出される。

「約束ですのでもらいますよ。イヒヒヒヒ」

 いやらしく笑い声を上げて、腕を伸びたときだ。

 清志はおもむろに、その腕をつかんだ。

「なんですか、この手は。約束をやぶる気ですか」

「いいや」

 うろたえるオボロの腕を、清志は離さないように力一杯にぎっていた。

「そう、約束。俺はあんたと約束した」しかめていた顔が一変、目覚めたようなすっきりした顔を清志はしていた。「まちがえたとき、カスミの夢をあきらめてもらうとね。あんたの答えはまちがっている、『後悔』ではないっ」

「なんだとっ」

 オボロが目をおおきく開いておどろいている。

「まちがい、だと……嘘をつくな! そんなはず……」

 信じられないという顔でわめき出すオボロを前に、

「ちがうから、まちがいといったんだ」

 と、清志は怒鳴った。

「いいか、よく聞け。『生に意味を与え、世界に意味をみつけ』るのは、夢見人がもっているものだ。『ある行為を価値あるものとし、またある行為を価値ないものにし』てしまうのは、価値にこだわるあんたたち夢買いや夢コレクターだ。『自分の中にある価値の実現を捨てれば、どんなものでも手にできる』のは、自分の夢を捨てなければ盗めない夢泥棒。つまり、それぞれが共通にもつものこそ、この問の答えだっ」

「その……答えとは」

 声を震わせながらオボロが聞く。

「答えは、『夢』だ」

 いい切った清志の声のあと、辺りは静まり、小さく波音だけがしていた。

 オボロは、その場に、ゆっくりと膝をつく。

「さすが、カスミの……えらんだ夢見人……ということですね」

 とぎれとぎれにいいさしたオボロが突如、ぱっと顔をあげ、清志の背後をみた。

「なんだ」

 かすかに地響きがする。

 でも確実におおきくなっていた。

 清志も振り返り、海岸線とは反対の浜辺の彼方に目を向ける。

「だれか……いる?」

 一瞬、うごめく影がみえた。

 その影も、辺りを包む闇にみえなくなる。

 オボロが音がする方に目をむける一方、清志は反射的に空をみた。

 月が目を閉じるようにゆっくり欠けていく。

 今度はじっと注意深く海をみれば、波打ち際が徐々に遠のき左右に割れていくではないか。

「潮汐……だと」

 たて続けにおきる現象に、清志のつぶやきが震えたときだった。

「夢泥棒の夢はもらったーっ」

 月明かりがなくなる中、遠くかすかに叫び声が、でも確実に、はっきり聞こえた。

 砂を蹴散らし駆けてくる足音も聞こえる。

 それも一人や二人じゃない。

 大勢の黒い人だかりが、二人へと近づいてくる。

「なにをいうか、俺様のだっ」

「うるせぇ、渡すかーっ」

「俺のだっ」

「俺がいただくんだっ」 

 全力疾走しながら罵声に満ちた叫び声が、はっきり聞こえた。

 我先に押し合いへし合い、先頭五人の男たちが肉薄して迫ってくる。

「夢コレクターですね」

 オボロは、うろたえもせずに足元に散らばる小石ほどの貝をつかんでは、五人へ投げつけた。

 それは、風が吹きぬけるように気軽な動作にみえたのだけれど、オボロの手をはなれた貝はするどく宙を貫き、夢コレクターの顔や膝を襲った。

「くわっ」

「がああっ」

 わめき、うめいて、四人がよろめき、なかには転倒したヤツもいた。オボロのなげた貝をかわしたのはひとりで、そいつは二ヶ月半ほどまえ、わたしから夢を奪おうと襲いかかってきた夢コレクターだった。

「たあっ」

 そいつは猛然と清志へ駆けより、一気に襲いかかる。

 ななめにすっと出たオボロの手から、またも貝を投げつけた。

 今度は避けられず、夢コレクターはのけぞるように背中から倒れこんだ。

「あんた、すげぇ」

 感心する清志の声を聞きながら、オボロは立ち上がる。

「ハワードめ。これほどの手下をつかって、カスミの夢を狙ってくるとは」

 とつぶやき、

「ここはわたくしが食い止めます。あなたはカスミの夢を」

 背をむける。

「わかった。恩に着るよ」

 身をひるがえして清志は、海にできた道へと駆け出した。


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