Beautiful dreamer:21「誰のものでもない、あれも真如の月だよ」

 月の消えた空に星たちがまたたき、水の引いた暗き道をかすかに示している。

 迷うことなく清志は一本道を、まっすぐ突き進んだ。


 前方に影絵のような黒い塊――小さな島が見えてきた。

 珊瑚礁が集まってできた小さな島に上陸すれば、島の中央に大きな窪みがある。覗くと、螺旋階段があり、不気味に地下深くへと続いていた。

 清志はためらわず駆け下りる。


 闇の中では、息づかいと足音だけがこだましていた。

 永遠に続くとおもわれた闇の螺旋階段をくだり終えると、その場にへたりこんでしまった。床に膝をつけ、荒く乱れた息づかいが闇の中にこだまして返ってくる。


 闇の中に、青白い光が灯りだすのに清志は気がつく。

 壁には無数の扉が並び、閉じられた扉から青白い光はかすかに漏れ出、まるで誘導灯のように目の前に通路があるのを教えていた。


「この先に、カスミの夢があるのか……彼女と、約束したんだ、夢を盗ってくるって」


 膝に力を入れて立ち上がる清志だったが、すぐにまた倒れてしまいそうになる。それでも一歩、また一歩と着実に足を進めていく。

 足を踏み出すたびに、彼の背後で青白い光がひとつ消えた。二歩、三歩、前に進むたびにドアから漏れ出る青白い光が煙のように消えていく。


「後戻りはできない……」

 彼は自分にいい聞かせて、長い通路を歩いた。

 すべての光が、消えた。

「着いたのか?」

 思わず漏らした声があたりに響く。

 声の反響から、清志は自分がドーム状の広い場所にいることを知った。


「清志っ」

「か、カスミ?」


 わたしたちの声が、夢の回廊に響きあう。

 互いに呼びかけ、声を頼りに近づき、わたしは飛びついた。


「会いたかった……」

「俺もだよ。ここは……どこなんだ。どうしてカスミがここに」

「質問は一度にひとつずつ。ふたつは欲張りだってば。ここは夢の回廊。たどり着くまでの様子をここで見守ってた。危険な目に遭わせて……ごめんなさい」


 すっかり暗闇に目がなれていたわたしには、うっすら笑みを浮かべながら首を横に振る清志がみえた。


「いいよ。心配してくれて、ありがとう」


 わたしは自分の右手をそっと開く。

 青白く光り輝く夢玉が、わたしたちを照らし出す。

 手ひらにあるわたしの夢を清志はつまみ、わたしは彼に触れて彼の夢を盗んだ。

 彼の夢玉は、表面はつるんとして赤みがさしていた。

 互いに相手の夢玉を右手にのせ、握手を交わすように握ってひとつに重ねる。

 その瞬間、夢の回廊の天井や壁、床にあるすべての扉が一斉に開いた。

 扉の奥から光が吹き出し、回廊すべてが虹色の光に包まれる。

 握りあう手の中から夢玉が飛び出し、今度はすべての光を吸い込みはじめた。同時に精気が吸いとられるように体から力が抜け、折り重なるようにわたしたちは倒れてしまった……。


 ふたたび、夢の回廊に闇がもどった。

 先ほどとは違い、浮かぶ小さな夢玉が白い月のようにあかるく冴えてかがやいている。

 わたしと清志は横になりながら、満月をながめるように回廊に浮かぶ夢玉をみていた。


「あれは……誰のものなんだろう」


 彼の問いに答えようとして、わたしは口ごもる。

 夢見人にできるもっとも偉大な質問を、彼はしたのだ。

 その真意は、人生の意味はどこにあるのか、に他ならない。

 たいていの夢見人は「自分こそ世界の中心だ」と答える。この世に存在するあらゆるものが自分のものになって当然だと信じて疑わない。だからそんな答えを持つ。だけど、それは正しくない。


「誰のものでもない、あれも真如の月だよ」


 いまならわかる。

 自分の夢は宇宙の中心にはなく、自分自身の小さな世界の中心にさえない。人生の目的はしあわせになる事ではなく、夢に正しくつかえてはじめて、しあわせになるのだ。


「求めても手にできない、逃げてしまう。でもあるがままを受け止め、成すべき偉大ななにかに歩みよって使命を果たすなら、しあわせは結果としてついてくるんじゃないかな」


 寝転んだまま、清志をみれば、

「そうかもしれないね」

 ふふっと彼は笑い、

「闇があるからきれいなんだね」

 ぽつり、と口にした。

「よく『闇は悪』って耳にする。陰に隠れてこそこそして、よからぬ企てを目論んでるんじゃないか、そういう事もあるけど、そうじゃない。闇があるから輝けるんだ」

「そうだね」


 うなずけば、彼はわたしの手に触れてきた。


「闇から生まれてきた人こそ、本当の光のありがたさを知ってるんだ。夢はまさに闇から生まれてくるじゃないか。ここはカスミの心の中、その闇の部分。ここから夢は生まれるんだ。光のありがたみを知る夢を、希望の光を、俺は消したりしない」


 指を絡めてつなぎ、わたしは目を閉じた……。


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