Beautiful dreamer:19「それじゃあひとつ、試してみないか」
「……こうして、世界は平和へと歩みはじめていきました。やがて科学発達と産業革命を経て、人口増加とともに夢見人が人生にみる夢の数が増えていきます。おかげで神殺しが多発し、夢の王たるヨルが夢語りできなくなってしまったのです。その結果、なにがおきたかわかりますか」
オボロの問いに、清志は首を横に振った。
「夢に生存競争が発生してしまったのですよ。その結果、度重なる争いが至るところで発生し、多くの夢泥棒も巻き込まれました。いまでは表層を俊敏に上滑りするだけの情報共有が、小粒で粗悪な夢を大量に生み出す世界となりました。夢泥棒の働きだけでは手に負えず、夢コレクターが台頭したのです。現存する夢泥棒は三十数名。うち一人がカスミ。彼女のあとにつづく夢泥棒はまだいません」
しずかに波は、満ちては引いてをくり返す。
「オボロさん」
清志は鋭くいい放った。
「あなたにとってカスミが大事なのはわかりました。でも俺は、彼女と約束したんです。必ず夢を盗ってくるって。それに彼女を愛している証としても、あきらめるわけにはいかないんだっ」
わたしの胸の奥が熱くなってくる。
うっとり聞き惚れそうになりかけたとき、
「いけませんね」
オボロの低い声が耳に届いた。
「あなたにカスミの夢は盗らせません。夢泥棒の夢は、夢買いのわたくしが買い取ると昔から決まっているのですから。あなたのようなわけのわからない夢見人に盗らせたりしません」
「約束したんだっ」臆せず、清志が叫ぶ。「夢をとってくるって。約束は、守らなければいけないんだ」
「そうでしょうね、そのためにここまで来たのですから」
オボロはあごをしゃくり、
「ではこうしましょう。あなたをここから出してあげます」
両手を宙にかざした。
突然、二人の前に飾りっけのない扉が現れる。
ドアノブがなければ板にしかみえなかった。
「わたくしのような夢買いになりますと、自在に心へ出入りできる扉をつくれるのですよ。このドアをくぐれば外に出られます。彼女の夢をあきらめてはもらえないでしょうか」
「出たければ出たらいい。約束したんだ、夢をとってくるって」
「強情ですね、忘れてしまいなさい。約束に縛られてあとで後悔するのは目にみえてますよ。それともまさか、本気で愛しているとでも? およしなさい夢見人。夢泥棒は夢見人の夢を盗むために存在しているのですから」
そういって、オボロが仮面を自らはずした。
――なにあれっ。
わたしは、覗きこまずにはいられなかった。
清志もおどろいている。
なぜなら、オボロの仮面の下から現れたのは、清志の顔だったからだ。
双子か鏡をみているくらい、そっくりっ。
「おや? 顔色が悪いですね、いけませんねぇー、みてはいけないものをみてしまった、そんな顔をしてますよ」
オボロはくくくっと笑う。
「わたくし夢買いオボロは朝倉清志となり、彼女の夢をとりに行かせてもらいます。もちろんあなたの夢も手に入れて。是が非でも」
声まで同じになっている。
身構えるだけで動けない清志に、オボロが一歩近寄る。
「先ほどもいいましたとおり、たくさんの夢を集め、すぐれた価値ある夢をもつ者が誰よりも価値ある存在なのですよ、夢に不可能はないですからね。たくさんの夢を持つわたくしは、誰にだってなれる。あなたそのものになって奪うのだって、造作もありません」
「それじゃあひとつ、試してみないか」
「試す?」
「そうだ」
清志はニヤッと笑った。
……ここで仕掛けるつもりなんだ。
わたしは、つばを飲みこむ。
「これから問題をひとつ出す。あなたはそれに答える。正解できなければカスミの夢はあきらめてドアから出てけ。どうだ」
「おもしろい」オボロはうなずく。「つまり、ゲームですか」
「そうだ」
「愚かな夢見人ですね」オボロはぐふふっと笑い、自信をありげに胸を張った。「どんな難題だろうと、すぐれた賢者の夢さえもつわたくしに勝つ気でいるとは。さあ出しなさい」
清志はゆっくりと、一字一句、まちがわないように、はっきりと問題を出す。
「生きている事に意味を与え、世界に意味をみつけ、ある行為を価値あるものとし、またある行為を価値ないものにし、自分の中にある価値の実現を捨てれば、どんなものも手にできる、それはなにか」
「ふむ」オボロは右手であごを撫ではじめた。「はじめの『生に意味を与え、世界に意味をみつけ』るのは意味をほしがる愚かな夢見人。つぎの『ある行為を価値あるものとし、またある行為を価値ないものに』するのは……」
自分に言い問いかけるようにつぶやき、
「価値とは、善悪を決めるもの……最後の『自分の中にある価値の実現を捨てればどんなものでも手にできる』とは、かなう願いを捨てて手に入るものは……」
と口にしたとき、あごにあてていた手を離し、
「わかりました。他人ばかりみて、自分からはなにもしない夢見人が抱く『後悔』です」
と、清志を指さした。
ハワードが清志に教えた難題を、やはりオボロはいい当てた。
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