Dream seeker:04「ミツルの夢が叶ったからですよ」
頭を抱えるわたしにオボロは「どうしましたか」と声をかけた。
「あの男、ハワードはどうしてるの」
声が震えた。
また夢コレクターに襲われるんじゃないかと恐れるあまり、産休をもらうついでに清志と島に移り住んだのだ。幸い、今日まで無事に過ごしてこられたけれど、この先はわからない。
オボロは足を止めると娘のルリを抱き上げた。遊び疲れて起きる気配もないとわかると、彼はわたしの目をじっとみつめた。
「あなたたち親子をみていたら、彼女の寝顔をおもい出したのですよ。禁止とタブーと偽善の強力な締めつけ、この首かせをゆるめる手段はフラートだけ。そのフラートを手にできる夢買いのわたくしに、ミツルはすがったのです。彼女の気持ちが、いまのカスミなら、わかるのではないですか」
オボロが真実を語っている、と信じるのはむずかしかった。だけど、彼は真実を語っていた。
「踏襲としての道をゆくなら、親とおもわず求道者として接するのが当然だとおもっていました。求道者として両道を求めては極められないのです。わたくしが去ったあとで彼女はイオリ……つまりハワードと一緒にいた時期がありました。あいつは、はじめから知っていたのです。ミツルが夢使いの道を選んだとき、きみが誰の子で、なにを背負って生まれたのかを」
オボロはさり気なく口にしたが、わたしは「両道を求めては極められない」という言葉を聞いて、どきりとした。
母ミツルは最後まで前兆に従え、といっていた。
従いぬいた先には一体なにが待つというのだろう。
「母はどうして、夢使いに?」
「バランスのとれた多様性がなくなると生物はやたらと増えた挙句、絶滅します。わたくしたちもおなじだと、彼女は気づいたのです。生き残っていたヨルを守り、夢使いになることで夢泥棒が滅ぶのを遅らせ、我が娘を守ろうとしたのでしょう」
「そう……なんだ。でもどうして、いまになって話してくれたの?」
「ミツルの夢が叶ったからですよ」
オボロをみた。彼は夢の大いなる神秘について詳しくても、親子の愛についてはわたしと同じくらいわかっていない。たとえわたしよりずっと夢を求めて生きてきたとしても。
仮面にあいた二つ穴の奥にみえるオボロの目に、深い恐れをみた。彼の目には何万回もこの一瞬を想像し、打ち明ける日がいつ来るかとめぐらせていたにちがいない。
おめでとう、あなたたちの夢が叶ったんだねといってあげたかった。二人のお陰でわたしも夢を手にできた、二人がいたから前兆に従ってこられたんだと告げたかった。
でも、わたしは黙っていた。
夢に酔っているような気持ちで、オボロの葛藤を観察した。
わたしが彼を拒絶するのではないか、ひどい言葉をあびせられ、わたしを失うかもしれないと考えているのでは。わたしたちは誰もこうした体験をもつほど、心に傷を残しているから。
やがて、オボロの目が輝くのをみた。
「まさか孫が抱けるとはおもいもしませんでした。かわいい孫を産んでくれてありがとう」
彼はそっと娘をわたしに預けてきた。
自分の耳を疑いつつ、落とさないよう大事に抱き、娘の頬にキスをした。まさかオボロから、そんな言葉を聞くなんて。
母として、妻として、清志の傍にいられるのはうれしい。それでもやはり、気ままに夢を盗んでいたころがなつかしく、オボロと船に乗り、夜の街へとくり出した。
船上でオボロから「ハワードを許してやってほしい」といわれた。
いくら疑念を抱いても、真相を知るのはミツルしかいない。なのに彼女は夢使いとなり、気軽に会えない存在となった。
「おそらくハワードは、カスミを窮地に立たせればミツルが助けに現れると考え、期待したのでしょう。なにせ、彼にはそれしか、彼女と会う方法がなかったはずですから」
オボロは、どこか遠くに視線を向けて、寂しそうに語った。
わたしは、ハワードを許した。
夢コレクターの習性でわたしを襲おうとしたのだとしたら、許さなかっただろう。
気づけばわたしも、空の彼方へと目を向けていた。
夜景にかがやく地平線のむこうには新たな地平線の光が広がる。ひとつの夢を口にすると、新たな夢世界がみえてくる。夢から覚めれば、すぐさまつぎの夢を追い求める。そうしてわたしは、
いつか娘と仕事をする日が来るだろうか。
期待は広がるばかりだ。
瑠璃色の地球がみる夢を求めて、今夜も夢を盗みに行く。
わたしは、夢が叶った者を羨みはしない。
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