Dream seeker:02「海がありがとうといっていた」
幾度、季節はめぐっただろう。
目覚めると朝日が部屋いっぱいに注がれ、フローリングがまばゆく光り、木目を浮き上がらせる。ベッドのシーツが少し眩しい。
おはようといいながら、清志が部屋に戻ってくる。
わたしが目を覚ます少し前に起き、キッチンでコーヒーをつくり、スコーンをそえてベッドまで運んでくれる。
コーヒー豆を挽いて作るから、こうばしい香りが湯気とともに立ちのぼる。この香りが好き。
おめざを食べながら今日は一日どう過ごそうか、あれこれ楽しいおしゃべりを交え、二人で話し合う。
清志は夢を形作る建築家。
日曜日の今日は久しぶりに仕事が休みだ。
わたしは夢泥棒の片手間に翻訳家をはじめた。頼まれていた原稿を昨日のうちに送り終え、今日は仕事がおやすみ。
隣のベッドで寝返りを打つ我が子は、まだ夢の中。
わたしたちはコーヒーカップを手に、静かに寝顔を眺めている。
島に移り住んで二年が経ち、ようやくここでの暮らしもなれつつあった。
お弁当を持ってどこかに行こう、と清志。
それがいい、わたしはベッドを抜け出す。
着替えをすませて料理にとりかかる。
おにぎりに海苔をまいたり野菜を洗ったりしているあいだに、清志が小さな水筒に烏龍茶、おおきな水筒にコーヒー、あとマーフィーズのボトルを一本、ナップサックに詰め込む。お菓子と子供の着替え、タオルとティッシュにごみ袋、日除けの帽子にサングラス、いつもつけていない時計をして、あらかた準備が整ったとおもったのもつかの間、子供をトイレにつれていったり、清志が自分の部屋で服選びをはじめたりと準備がいつまでたっても終わらない。
準備ができたのが十時過ぎ。そのときになって、さてどこへ行こうかとお互いの顔をみあわせてしまう。
みつめて二人、笑ってしまった。
どこだっていい。
家から少し歩けば、山でも海でも楽しむ場所はどこにでもある。
道を上がるか下るかは、その日の天気と気分で決めればいい。
海へ行こう、清志がわたしの手を引いた。
釣り人がつかっている道を歩いて海岸に下りていく。なかなかの坂道。石の上はつるりと滑りやすいし、何気なく踏み込んだところはぬかるんでいて、ひやっと背筋が冷たくなるを何度かくり返し、浜にたどり着く。
いつもの海岸を一瞥するなり、疲れるため息をしてしまう。
誰かがキャンプをした残骸が浜いっぱいに広がっている。ひしゃけたビール缶、ペットボトル、空き瓶、プラスチックの弁当箱、焦げついた大小の花火。
駆け出そうとする我が子を抱き上げながら、腹立たしさとかなしみがこみ上げてきた。
数日前まではうつくしい浜だった。
太陽にあたってきらきら光るガラスの破片やプラスチックのかたまりに、夢見人がもつエゴや傲慢、心のまずしさが剥き出しになってみせつけてくる。たしか昨年もだ。夏の終わりには海に近づくものかと堅く心に誓ったのを、いまさらながらおもい出した。
清志は、汚すのも人なら片付けるのも人がする事だよといってゴミを拾いはじめる。誰かが、きれいな海にしなければ。その誰かとはもちろん、人なのだ。
元のきれいさはないけれど、すっきりした浜をみる。
――海がありがとうといっていた。
波打ち際で我が子と遊ぶ。
こらまてー、と引いていく波を追いかけ、そら逃げろー、と追いかけてくる波から逃げる。くり返すうちに波につかまり靴や服が濡れてしまう。そんな様子をみて清志は、細い目をさらに細くして笑う。彼だけ濡れていないのをみて、なんだかずるい気がして水をかける。なにするんだよ、と笑いながら清志も水をかけてくる。気がつくとお互い水のかけあいをはじめ、子供が目に海水が入って泣き出すとすぐやめた。
服を乾かしがてら、磯にも足を運ぶ。
あちこちの水たまりに、小さな魚や貝、蟹の姿をみつけた。
冒険心あふれる我が子はわたしの手を振り切り、清志のあとを恐る恐るついていく。
転んだりしないだろうか。
心配になってわたしもついていく。
気まぐれな遠足に目的地はない。そろそろおなかが空いてきたとおもえる時間、十二時頃には適当な場所をみつけてお昼にする。
海の音と香りに包まれて食べるおにぎりは、いつもよりおいしかった。
食べたら少し遊んで帰路につく。
家にたどり着くと我が子は、たっぷり三時間は昼寝をし、清志は家庭サービスをしたという充足感を抱きながら工房で木と語り、わたしはゆっくり本を読む。
日曜の午後はこうして過ぎていく。
特別な予定はひとつもないけれど、すべてが特別な時間を家族と過ごす。読書から夢の中へと誘われ、つぎに目を開けるときには、目覚めのコーヒーの素敵な匂いとともに清志が傍にいてくれる。
そんな時間を過ごしたい……。
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