Beautiful dreamer:17「夢見人がつけあがるなっ」

 オボロはあきらめない。

「足元をみますね。わかりました。近代建築の三大巨匠の一人、シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ・グリの夢も一緒にします。この二人の夢なら、文句はないでしょう。持っていてもはずかしくない、むしろまわりから、畏敬の念でみられるでしょう。まちがいありません。もちろん、鑑定書付きで」

「有名人の夢をもつと、なぜ立派にみられるんだ」

「なぜ? なぜだって」

 オボロはひとまわり大きな声をあげ、

「夢に価値があるからですよ。極上の夢持ちはそれだけでまわりから尊敬され、夢のない輩は生きる価値もない」

 深呼吸をひとつし、

「特別になりたい、価値ある存在になりたいと、だれもが強く夢みている。どうでもいいような一生を過ごしたいですか? しあわせになりたいでしょ」

 人差し指をたてた右腕を、夜空に突きあげた。

 月光の明るさにかき消されてはいるものの、夜空にはたくさんの星が輝いている。

「あの星、一つひとつが生き様です」とオボロはいう。「星の群れの中で、ひと際輝きたい。強く光る星の脇の、小さな星ではいたくない。誰からも注目される星になりたい。わたくしはおもっている、あなたも願っている。誰もが夢みているのです」

 空にむけた手をゆっくり下ろし、オボロは、清志にむけた。

「さぁ、その夢をゆずってください。そうすればわたくしは、あなたに極上の夢をさしあげます」

 しばらくオボロは黙ったまま清志をみていた。

 でもそのうちに、そうですかと疲れを吐き出すように息をついて、

「今夜は手を引かせてもらいます。気が変わりましたら連絡下さい」

 連絡先の書かれたカードを渡した。

「それでは、今宵は久しぶりに夢泥棒の夢を買いに行くとこなので失礼しますよ」

 オボロは礼儀正しく深々と頭を下げると、じゃぼじゃぼとズボンのすそが濡れるのも気にせず、海へと入っていく。

「ちょっと待って下さいっ」

 清志がオボロの背中に叫んだ。

 彼の呼びかけにオボロは立ち止まり、振り向く。

「おや、もう気が変わりましたか」

「そうじゃない。夢泥棒の夢を買いに行くと……いいませんでしたか? どこにあるんですか」

「それは教えられませんね」

 オボロは背をむける。

「あなたがどういう夢見人なのかは存じませんし興味もありません。まったくね。それにどうして夢の在処を知りたがっているのかというのも、わたくしにはどうだっていい。だからというわけではないのですが夢見人ごときに夢泥棒の夢の在処を明かすなどできないのですよ」

 できないのですよ、という言葉にオボロは妙なふくみ笑いを混ぜ、また海へ入っていく。

 あわてて呼び止める清志に、

「ふーん、考えてもいいですよ」

 うれしそうな声でオボロはふり返り、

「特別に、教えてもよろしいのだけれども」

 と、もったいぶるようにささやく。

「条件はなんだ」

 彼がたずねると、

「もちろんあなたの夢です」

 とオボロは応えた。

「不公平だ」

「はて、不公平ですか」

 オボロは首を傾げる。

「わたくしはあなたの知りたい事を教え、あなたはわたくしに夢を譲る。ギブ・アンド・テイクじゃないですか」

「いや、不公平だ」清志はもう一度いった。

「どこが不公平なのか、話してもらえませんかね」

「俺の知りたい事と、俺の夢の価値が同じとはおもえない。俺が知りたいのはカスミの夢の場所であって、あなたが持っている夢ではないからだ」

「なるほど……そうですね」

 オボロは腕組みし、あなたは頭のいい夢見人ですね、とつぶやく。

「仮に価値が同じだとしたら、あなたはわたくしに夢を譲って下さるのですか」

「譲る気はない」

「おやおや。それなら、ちがうといったらどうしますか」

「譲る気はない」

 と、清志は同じ言葉をくり返す。

 オボロはわからないと首を振り、

「あなたは夢を譲る気はないのですね」

「譲る気はある、あるけど夢は夢と交換してほしいんだ。しかも俺のほしい夢とね」

「どのような夢がほしいのですか」

 すかさず清志は叫ぶ、「カスミと共に生きる夢がほしい」と。

「夢見人がつけあがるなっ」

いままで聞いたこともない口調で、オボロが叫んだ。

「おまえは夢泥棒という存在がなんたるか、知らなすぎるっ。それは無知という言葉では片付かないほど愚かだ。知らぬのは罪だと知るがいいっ」

 激高するオボロ。おぞましい気迫に、清志はひっくり返った。


「だめーっ」

 わたしはおもわず叫んでいた。彼は誤解している、オボロは夢見人ではないのだ。なまじ言葉が通じると、自分と同じ存在だと錯覚するのは、仕方ないかもしれない。

 だが、いくら叫んだところで、煙の中に映し出されている清志には届かない。

 ただ、みているしかできなかった。


「失礼しました。わたくしとしたことが取り乱してしまいました」

 冷静さを取り戻したオボロは清志に歩み寄り、

「愚かなる夢見人よ、知るがいい。夢泥棒が存在する真の意味を」

 夢泥棒誕生秘話を語り出した。


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