Beautiful dreamer:16「俺の名を知っているのか」
目の前を漂う煙に映し出されている清志へ、わたしは視線をむけた。
彼は夜の浜辺に座っていた。夜空に星がまたたき、白く輝く満月が浮かんでいる。
静かに聞こえる波音に耳を傾けながら、
「これからどうしたものかな」
と、清志がつぶやいたときだ。
叫ぶ間もなく口を押さえれ、たちまちに腕をつかまれてはひねられ、そのまま前のめりに倒された。
「くっ、離せ……誰だ」
懸命にもがく、砂の上に押し倒された清志の口を塞ごうとする。
そんな相手の指を清志はかじった。
さすがに痛かったのか、ひるんで顔から手が離れた。その瞬間、必死に身をよじって腕を突っ張り、のしかかってくる相手をはねのけた清志はあわてて離れ、距離をとった。
「おまえが夢買いか。なんだ、その仮面」
月光をあびてもなお黒いスーツに身を包んだ顔には、真っ白な仮面がついている。
目と口元には三日月状の穴があいている以外、卵の殻のようにつるんとなっていた。
「クンカクンカ。かぐわしきかな、よき夢の香り。なかなかの夢をお持ちですね」
くぐもった声はどこか低く、かすれていた。
「よくここまできましたね、浅ましき夢見人。実にすばらしい。これも夢使いのご加護でしょうか。誉めてさしあげますよ」
「誉められてもうれしくないって」
「やれやれ……」
両手を軽くあげ、ゆっくり首を振る。
「申し遅れました。わたくし、夢買いのオボロといいます」
親指をならすと、手のうちに現れたシルクハットをかぶり、深々と清志に頭をさげる。
ゆっくり顔をあげたとき、白い仮面が不気味に笑っているように映った。
「おまえが夢買い……カスミがいってたヤツか」
「おっしゃるとおり。夢買いとはその名のとおり、夢泥棒や夢見人から夢を買う者です」
そうこたえると、オボロは勝手にしゃべり出した。
「ですがそれはもはや遠い昔の理。激流のごとく日々変化している現代において、夢見人の数は増えるのとは裏腹に実らぬ夢ばかり溢れています。最近では不況や震災、政治不信も重なって簡単にお捨てになる夢見人が多くいらっしゃる。買い取るより拾い集めに熱中するあまり、夢コレクターとまちがわれるのもしばしば。ですが本業は夢買いです」
つるんでいるのまちがいだろ、とわたしはオボロの言葉を疑った。
夢買いと夢コレクターという対立する立場にある二人が不仲、と見誤ったのはわたし。裏ではハワードと手を組んでいるのかもしれない。
やっぱりオボロは、いけ好かないやつなんだっ。
「大変希少価値の高いものを買い取り、競売にかけては高く売りつける。建築家や美術家、芸術家など歴史上の偉人たちの夢なんかをね。でも、とりわけ高値がつくのが夢泥棒の夢です。競売にかけられないですが彼らは夢をみない。いえ、ときどきはみてしまう。それは、夢見人の夢とはくらべものにならないくらい、汚れなきピュアな夢なのですよ。一度その夢を味わえば病みつきとなり、生涯をかけて追い求めつづけてしまう。まさに禁断の……これは失礼、おしゃべりが過ぎたようで」
肩を揺らし、オボロは小さく笑った。
その笑いもすぐに消え、
「それでは本題に入らせてもらいます」
清志を睨みつけた。
「わたくしに、あなたの夢を売ってもらえませんか」
「俺の?」
「お見受けしたところ、あなたは夢泥棒ではない、にもかかわらずあなたの夢からは特別な匂いがします。それはどうしてなのでしょうか、という理由でもちかけているのではありません。が、それはそれでおもしろく希少価値がありそうですよね、朝倉清志様」
「俺の名を知っているのか」
清志はとっさに身構えた。
「このくらい当然です。限りある命をもつあなたの存在は、やがて消えてしまう。それはそれでかまわないのですがあなたの夢は実に惜しい。ですから、あなたの夢をいただけませんかね。どうでしょう、ゆずる気はございませんか? わたくしのもっている夢と交換でもよろしいですよ。世界的に有名な建築家、アントニ・ガウディ・イ・コルネットの夢と交換、というのはどうですか」
清志は首をふり、誰にも売るつもりはない、と突っぱねた。
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