Dream collector:10「んー、ぬるくて、トゲトゲにがにが~」
二人に目をやれば、口を開けたのはやはり、オボロだった。
「説明するのはたやすいのですが、理解して生きる糧とするには体験が必要不可欠なのです。カスミにはそれが足らない」
「だから、ろくな夢も盗めないっていいたいの?」
「カスミ、夢見人とわたくしたちのちがいはわかりますか」
たずねるオボロは調子よくギネスを飲んでいる。
「わからない」唇をとがらせ、「どうせわたしは、ろくな夢も盗めない夢泥棒ですから」わたしは二杯目のベイリーズ・オレに口をつけた。
「より多くの夢を確保するには、カスミの協力も必要なのです」
「もっと腕のいい夢泥棒に頼めばいいのに」
「はじめからうまくできるとはおもっていません。ところで、さきほどの質問にこたえてもらえませんか」
「えっと……夢泥棒と夢見人のちがい……だったかな」
「そうです」
手の中にタンブラーをはさみこみ、じっとみつめる。
ひんやりする感覚を追い払おうと、すりあわせるようグラスを動かし、
「夢があるかないか……だよね」
と、こたえた。
「ただしくは、夢に酔っているかそうでないかです。つねに夢見人は、なにかしらの夢を抱いているからこそ、あっちへふらふら~、そっちへふらふら~と生きています。気持ちが変わればまわりもくるりと変化する。瞳は光に満ち、表情はいつだってゆたかなのはそのせいなのです。では、わたくしたちはどうでしょう」
じっとわたしの顔を覗きこんできた。
顔を覆う白い
薄ら笑いを浮かべつつ、身を引いてしまう。
「夢をみないわたくしたちは夢に酔えない。輝いているはずの目は深海魚のように鈍くぼんやりとして、やきたてのパンのようなもっちりした肌の感触もなく、枯木のように心まで乾ききっている。そんな姿をみたら、夢見人はどうするとおもいますか」
「ど、どうって……」
オボロが
彼の素顔に、おもわず息が止まる。
すきとおって光があり、色鮮やかでいきいきとしているはずの瞳が、とろんとして色も鈍くにごっていたのだ。しかも目元の筋肉もたるみ、しわが深くきざまれている。
だがオボロがギネスを飲むと、褐色に色づいて光がもどり、目のまわりや口元のシワが一本ずつ消えていく。
夢見人の年齢からすると、ハイティーンの若者にしかみえない。
「すくなくとも恐ろしくて逃げ出すでしょう。畏怖で盗めるならそれもいい。ですが、その手法が通用したのは産業革命がおきる以前のはなし。積極的に夢見人が暮らす都市部で生き残るには、昔ながらのやり方に固執していてはいけないのですよ」
「つまり夢に酔ったフリをするために、酒を飲むんだよ」
ミツキが横から口を出した。
「彼のいうとおりです、カスミ。だからといって、いくら飲んでもわたくしたちは泥酔しません。まさに『命の水』なのですから」
「なるほど。わたしも、それ」
ちょっと飲んでみたい。
壁面に泡がのこるオボロのパイント・グラスを指さす。
「わしらがギネスを飲んでも意味ないぞ」
「いいからっ」
苦笑しつつ、ミツキがオボロの顔をみた。
「困った子ですねぇ」
「よかったな、オボロの許しが出たぞ」
そういいながらミツキは、ハーフパイント・グラスに泡を大目に注いで出してくれた。
よろこんでひと口のむと、
「んー、ぬるくて、トゲトゲにがにが~」
舌を出し、いまいちと首を横にふって突き返した。
もったいない、と、残りをオボロが引き受ける。
「慣れないものを飲むからです。ですがこれは夢買いの飲みもの。昔から夢泥棒はアイリッシュと決まっているのだから。飲みたければいい夢をたんまり盗みなさい。そしたら」
「ウイスキーってどんなのがあるの」
オボロのはなしを無視して、ミツキにたずねてみる。
小さく笑って教えてくれた。
「いろいろさ。主な産地は五ヶ所。アメリカ、カナダ、日本、スコットランド、アイルランド。原料と蒸留方法のちがいからモルトとグレーンにわけられるが、ふたつをブレンドするのも多い。しかも味わいは『うまい』、『まずい』だけでわけられるもんじゃない。色や香り、五感ぜんぶをつかって味わうのさ」
「へえ」
「口にふくんで最初にかんじる『味』、つぎに口全体やのどごしの『通過感』、飲みこんだあとの『印象』そのあと口にひろがる香りの『余韻』をたのしむんだ」
ミツキの講釈も、オボロに負けず熱かった。
「味をきめるのは、ウイスキーをつくる風土と製法にあってだな、香りの源である『ピート香』、味をおおきく左右する『仕込み水』、味をきめる『酵母と発酵槽』、風味を決定する『蒸留器』、おいしさづくりにかかせない二度の『加水』、もっとも重要な工程である『樽熟成』こそ、味の秘密なのさ」
「飲んでみたい」
「アイリッシュか」
「ううん、ぜんぶ」
「全部か……くらべるのはかまわんが……夢泥棒の口にはアイリッシュしかあわないぞ」
「試してみる」
「けどな」
「試すったら、ためすぅ~」
ミツキに甘えると、
「気のすむようにやらせてあげなさい」
オボロは、ギネス片手に、ミツキへ目配せした。
「そうおっしゃるなら……わかりました」
わたしの前にならべられた背の低い五つのタンブラー脇に、重々しいボトルがならべられていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます