Dream collector:11「……もう飲んでもいい?」

 淡い黄金色のスコッチ・ウイスキー。

〔ザ・マッカラン・シェリーオーク十二年〕


 ボトルキャップにサラブレッドを飾るアメリカン・ウイスキー。

〔ブラントン・ゴールド〕


 夕闇の赤褐色に似たカナディアン・ウイスキー。

〔カナディアン・クラブ・クラシック二十年〕


 漢字で銘柄がラベルに書かれたジャパニーズ・ウイスキー。

〔サントリー・ピュアモルト・山崎十七年〕


 黄金の琥珀色に輝くアイリッシュ・ウイスキー。

〔ブッシュミルズ・シングルモルト二十一年〕





 少しずつ、それぞれのグラスへと注がれる。

 さっそく飲もうと手をのばすと、

「いけませんよ」

 オボロがつかんで制した。

「ウイスキーも夢とおなじ。ボトルの中で長いあいだ眠っていたのですから、注いだ直後でははやすぎます。空気と触れてじゃれあう時間が必要なのです。カスミはいつも、盗んだ夢をすぐ味わっているのですか」


 手を引っ込めながら、

「そうかも」

 舌をだして笑ってみせた。


「いけませんね。夢もウイスキーに似て、長く生きてきても、高貴な出身でも、すばらしいとは限らない。十歳ですばらしくなるもの、二十歳で深みを増すもの、五十歳たっても成熟さに欠けるものもあるのですから」

「……もう飲んでもいい?」

「飲むまえに、色と透明度をたしかめてください」

口をとがらせて、カウンターを灯すスポットライトにグラスをかざしてみる。

「色の濃さはそれぞれちがうけど……夕焼けみたいにきれい」

「ウイスキーの色は琥珀色と表現されます。琥珀とは、地質時代の植物樹脂が地層に埋もれて固化したもので、透明または半透明の非結晶質。色は赤や黄色、褐色などさまざま。これも夢に似ているとおもいませんか」


 そうなのかな……。

 目を細めて顔に近づけてみる。


「たしかに……そうだね。夢玉にもいろんな色がある。透明や不透明、形だってきれいな球形は滅多にない。ゴツゴツやゴテゴテ、いびつでゆがんだものが多いしね」

「色と透明度をたしかめたようなので、つぎはおおきく深呼吸するよう香りを味わってください。フルーツやハーブ、花や穀物、ハチミツや木の香りなどにたとえられます。しかも飲む前と口に入れたとき、飲み終えたあとの変化もわすれずに味わってください」


 一グラスずつ、色、香りを味わいながら飲んでみる。

 飲み終えると、

「どれが一番おいしかったですか」

 オボロがきいてきた。

 持ちあげたグラスは当然、

「アイリッシュ、かな」

 ミツキの目が細くなっていくのを、わたしは見逃さなかった。


「別格だね。これは濃厚ながらさわやかでいてなめらか、飲みやすくて甘かった。からだに沁みるっていうか……他のはそう感じなかった。スコッチは香りだけ、アメリカンは軽く、カナディアンはアイリッシュよりもおとなしい。ジャパニーズはスコッチみたいだったよ」

 わたしの感想に、うれしそうにミツキがうなずいている。ご褒美、とばかりにグラスにブッシュミルズが注がれた。


「いいですか、カスミ」

 オボロは、夢泥棒をつづけていくための秘訣を口にした。

「うまいアイリッシュにありつきたければ、教わった盗みの腕をもっと磨きなさい。同業仲間や引退したミツキよりも。最高の夢泥棒になったとき、いままでに味わいしれなかったアイリッシュにも出会えるのだから」

「そうなったら、オボロがおごってくれる?」

「ま、考えておきましょう」

「やったーっ」


 おおげさにはしゃぎながら、べつな想いをめぐらせる。

 おそらく、オボロの目論んだ結果にたどり着いたのだろう。すなわち、わたしに夢泥棒をつづけさせる事。でなければ、満足気な顔をオボロがするはずがない。

 ミツキのはなしでは、夢買いは夢を買い、相手の願いをかなえるのを生業としている。かなえるには見合った夢が必要なため、大量の夢をつねに保有する必要がある。そこで昔から夢泥棒を雇い、夢見人から盗ませてきた。

 だが近年、ヨルの減少から、世界の夢量に変化が起きている。

 おまけに夢泥棒の数も減っている。そこへあらたな問題がもちあがり、夢買いを悩ませているという。

「なんなの」

 わたしがオボロへ問いかけたときだ。

 灰色のコートを着た男たちが店にやってきた。

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