Dream collector:07「また粗雑な夢を盗みましたね」

 夢使いと遭遇して以来、わたしは雑居ビルが建ちならぶうらびれた路地奥の酒屋〈宇宿辺ウシュクベ〉の二階に住んでいる。ミツキが祖父だから、という理由もあるけど、ここはなにかと都合がいい。


 世界には、いたるところに異界との接触が起きやすい時間と場所がある。午前六時前後と午後六時前後の時間、坂道という高所から低いところへ移行する場所がそうだ。

 雑居ビルが建ちならぶこの辺りの土地も、かつては水がぐじゅぐじゅ滲み出てくるような、湿原地帯の谷間だった。洪積台地と沖積台地が入り組みながら激突した複雑な地形をもち、壁と谷によって構成された湿潤地帯という場所から、夢見人たちも〈地霊ゲニウス・ロキ〉を感じるのだろう。ささやかれる怪談や都市伝説こそ、その証拠だ。


 それにしても……。

 はじめからオボロは、知っていたのだろう。

 でなければ、幼かったわたしをミツキのいるこの場所へ連れ込むはずがない。

「ミツキ爺は?」

「店ですよ。それより、たったいま買わせてもらったのですが……困りましたね。あれほど質のよい夢をえらぶよう何度もいっているというのに」

 闇よりも暗きオーバー・コートに身を包むオボロから、やさしく声をかけられる。彼の手には、淡い群青色のビー玉サイズ玉の球体がちいさく光っていた。

 部屋に差し込む月明かりにかざしつつ、

「また粗雑な夢を盗みましたね。その結果、誇り高き夢泥棒がつまらぬ夢を見てしまうとは……情けない」

「すみません、このところ女子生徒から盗んでばかりいるから……」

「おやおや、いい訳ですか。きみに限った事ではありませんが、仕事に対してあまりにモチベーションが低すぎます」

 オボロはいい切り、饒舌な小言がはじまった。

「夢見人の世界では、大陸の新興国発展より先進国との格差解消が進み、くわえてデジタル化による既存産業や貨幣そのものの価値が変化するうねりのただ中にあります。生きるための必死さから生まれる夢は力強い。おまけに争いの火種となるため『鉄』の味がします。先進国は食うに困らず、また下層の困窮には目をむけないため、夢は小粒で弱々しくも幾重にもはかなさが重なり『美』を感じます。そういう夢をえらんで手に入れなさいと伝えているはずですが」


 またあの夢をみるなんて……。オボロの話を無視しながら、何度目だろう、と頭のなかで数えてみる。

 盗み続けていると、酔うように夢をみてしまうのは仕方がない。

 だけど、だれだろう? 夢にあらわれた、あの男は。

 どこか懐かしく、淡い感じがただようだけでおもい出せない。

 以前会っている? それとも、風乃の夢の毒気にあてられたせい? それとも、もしかしたら……。


「とにかく、そのままでは満足に話もできないでしょう。先に行ってますから、きみも支度を整えてすぐ降りてきなさい」


 オボロは扉を開けて出ていった。

 一人になり、夢使いの話をおもい出した。

 あの夜きいた話をミツキにすれば、わたしの父親は〈黒豹のイオリ〉と呼ばれた夢泥棒だった、と教えてくれた。

 多くの同業者は血縁を嫌い、単独で仕事をする。でもイオリは、どんな相手でも協力して務めをしていたため、同業者からは変わり者扱いされていたらしい。その後、いろいろあって母といっしょに働き、わたしが生まれた……とか。

 どんな子供時代だったかたずねても、契約と掟で話せない、と断られた。

 ただ闇の牢獄とよばれる枯れ井戸にわたしを放り込んで以後、イオリは去り、どこへ行ったかはミツキにもわからないという。

 会いたいわけではないけど、どこでどうしているのやら……。


 シャワーを浴び、濃紺地に白二本線のセーラー服に袖を通す。

 胸元に黒のスカーフを結び、黄色いパーカーを羽織って部屋をあとにした。


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