Dream collector:08「まったく。瓶とはけしからん」
古びた扉を開ければ、店の中は相変わらず酒盛りに興じる者たちのにぎやかな声で溢れていた。
「おまえはウイスキーの空き瓶を毎日ゴミ箱に捨てているだろ」
と、カウンター席の客が隣の男をにらんだ。
「すんません、分別して捨てるようにしますから」
半身平謝る男に、
「なっとらんなー、まったく。瓶とはけしからん。樽で買え、樽でっ」
声をあらげてグラスをあおる。
「で、おまえのカクテルはなにが入っているんだ」
たずねられて男は手持ちのグラスをしげしげとみつめた。
「ミストやアブサンをくわえた……」
「ちがう。アイリッシュ・カクテルではないっ」
「じゃあ、どんなカクテルだっていうんだよ」
聞いてくる男に、その客は自慢気に答えた。
「グラスにウイスキーを半分いれて、さらにその上にウイスキーを混ぜたものさ」
早朝とはいえ、席はほぼ埋まっている。
バックカウンターに目をむければ、中央にならぶボトルはアイリッシュ・ウイスキー。右端に追いやられるようにスコッチが八種類、バーボンも七種類くらいそろっている。
以前は、どうだっただろう。そもそも銘柄なんてろくにおぼえちゃいない。だけど、アイリッシュ・ウイスキーしか置いてなかった気がする。
席のあいたカウンターチェアにオボロが座り、
「ギネス、ワンパイント、プリーズ。泡を増やすなよ、量が少なくなる」
注文を聞いてミツキは、ちいさく笑みをみせた。
「夢買いも大変だね。そもそもわしらは孤高の狼。手なづけようとするのが無理なのさ」
出されたグラスを横目に、わたしは濃紺色のプリーツスカートを手で押さえ、オボロの隣に座る。
注がれた黒っぽい液体に、琥珀色した泡が立ちのぼっていく。
「困ったものですね」
オボロは、グラスをみつめている。
「同型の夢をひとつにすれば現実となる『夢掛け』を、ミツキが手助けしたばかりにカスミは、夢見人のイチジョとやらに通いだし」
わたしはオボロから顔をそらす。
「一宮女子高校ですっ。夢見人にまざれば夢が盗みやすくなるって、オボロも賛成してくれたじゃない」
それをきいて、ミツキもうなずいている。
「えぇ、もちろん。ミツルの贈り物ですから賛成はしましたが、一時的に潜入するだけという条件をつけたはず。あっという間に半年を過ぎ、あとすこしで一年になろうかとしている……長い一時的ですね」
「わかってる。近いうちに辞めるから」
「近いうちとはいつですか、明日ですか? 百日後ですか? 一年後ですか?」
わたしはフードを深々とかぶった。
機嫌を損ねないほうがいい、といいたげな顔をミツキがわたしにむけている。こればかりはミツキの頼みでもきけない。わたしは前兆に従っているだけなのだ。
あの夜出会った夢使いは、夢泥棒をつづけていくなかでフラートの夢に出会えると教えてくれた。しかも『運命に最後まで従うのをわすれるな』と念を押して。
夢掛けの結果、わたしは〈女子高生〉となった。どうして? 理由はわからない。十七歳に強い執着をしている夢見人達がいて、興味をもったからかもしれない。
とりあえず女子高生は、恋とお菓子と素敵ななにかでできている。
そのなにかを知りたくて……。
「ところで、地球にはどれほどの生物が存在するのか知ってますか」
オボロは話題をかえてきた。
また小言がはじまるのかとおもい、
「そんなの知らない」
背中をまるめてわたしがつぶやくと、
「想像もつかないねぇ」
口を挟みながらミツキは、氷を入れた小さめのタンブラーにボトルを傾け、注いでいく。
「確認されたのは、おおよそ百七十五万種です」
ギネスの泡をみつめるオボロがこたえた。
「ほお、そいつはすごい」
ミツキは感嘆の声をあげた。
そのあとで冷やした牛乳を満たしてかきまぜ、わたしの前にグラスを置いた。
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