Dream collector:05「うん、女運がついてる」

 学校でわたしは〈春野霞海〉と名乗っている。

 名前の読みは「カスミ」でおなじ。だから、下の名前で呼んでほしい。苗字で呼ばれるのは、いまだに慣れない。


「天岡さんは知ってる? 地方公務員法に書かれている、公務員の信用を落とす行為」

「……なにそれ」

「その行為をした公務員は解雇される。とくに教職員の生徒に対するわいせつ行為は、法令や条例違反であり、信用失墜行為となり、懲戒処分対象になる」

「はあ?」

 風乃の声が廊下に反響し、

「わいせつ行為なんてされてない」

 小声ながら強く発してきた。

「するのもダメなんだよ。条例違反になりかねない。教育公務員は、一般公務員にくらべて高い倫理性が要求されるから」

「なにかしたっていうの?」

「教師と生徒の恋愛は、信用失墜行為にあたる。教師はクビ、生徒も退学や謹慎、出席停止という処分を受けるから」

「へっ」

「それでなくても本田先生と恋愛したら、先生の奥さんはどんなおもいをされるか」

「そんなんじゃないから。それよりあんたこそ自重すべきっ」

 うわずる声の調子を強め、わたしを睨んできた。

「先生にかわいがられてるからって、いい気にならないでよね。あんたこそ、先生と恋愛しようとたくらんでるんでしょ。だからそんな話をしてきたんだ。この前も先生と歩いてるのみたけど、あなたこそ、つきあってるんじゃないのっ」


 いつの話をしているのだろう。

 腕を伸ばし、風乃の髪にふれながら夢玉を抜きとった。

 そのまま口に入れると、ぽわっと頭の中に彼女の視点映像が浮かび上がってきた。

 これは彼女、天岡風乃の記憶夢。

 どうやら先月の放課後、場所は二階の廊下での出来事らしい。






 ……先月のあの日、わたしは本田先生からはじめて夢を盗み、口に入れておもわず唸ってしまっていた。

「俺の顔になにかついてるのか、霞海」

「うん、女運がついてる」

 呼び止めた先生に笑みを返した。

「そうか? 嘘でもちょっとうれしいな、ありがと」

「嘘はいわないよ。先生の奥さんは教え子だったんだね。その奥さんがさらに運をもってきた」

「へえ」

「ちがう?」

「いいや、ちがわない」

「先生の親御さんは存命で……どちらかがどこか悪くしている。足や腰……目か耳でも悪いんじゃないかな」

 眼鏡の奥にみえる、先生の目がおおきくひらいていく。

「だからって迷わなくていい。生活の基盤となっているものには逆らってはいけないよ」

「当たってるよ。霞海って占い師みたいだな」

「当てたんじゃなくて、みえただけ。重要なのは先生が運命の岐路にいる一点」

「運命の岐路……」

 つぶやくように先生が漏らすから、

「おぼえがあるはず。若いときは自分の人生に起きてほしいすべてにあこがれるのを畏れない。なのに時が経つと、得体のしれない力が運命を実現するのは不可能、とおもいこませはじめる」

 うっかりしゃべってしまった。

 余計な事を口走ったかもしれない、わたしはほほ笑んですぐ去ろうとしたのだけど、

「なあ、得体のしれない力ってなんだよ」

「これ以上はちょっと」

「話すなら最後まで話しなさい」

 しつこくきかれ、

「得体のしれない力っていうのは、不思議で、否定的にみえたり感じたりするかもしれないけど、自分の運命をどうやって実現すべきかを示してくれるものなの。つまり、魂と意志に準備させるんだよ」

 最後には答えてしまった。

「それって、なんだい?」

「地球に存在する、ひとつの偉大な真実」

 わたしは、夢使いと出会った夜をおもい出していた。

「誰だって、なにかを本当にやりたいとおもうときは、その望みは真如の月という宇宙の魂から生まれた願い。それこそ先生の使命」

「使命か……」

 真面目に話しているのに、先生は薄ら笑いを浮かべていた。

「霞海には、自分の使命とやらがわかっているのか」

 うなずくと、

「すごいな」

 あきらめのような声が返ってきた。

「俺が霞海くらいのときは、そんな空想じみた考えを……いや、あのころとくらべても、俺はちっともかわっちゃいないかもしれない」

「先生?」

「十代のころ描いた生き方とは、ずいぶんかけ離れてしまった。まさか教鞭をふるう職につくとは……考えにもなかった。ひょっとしたら、得体のしれない力ってやつが働いたからなのか」

「かもしれない」

 いい切れないのは、わたしが夢使いではなく夢泥棒だから……。




「あ」

 わたしが低くさけぶと、視界にかかっていたもやが晴れるように夢が消え、目の前ににらんでいる風乃の顔があらわれた。

 あのときのやり取りを、彼女にみられていたんだ。

「なに話してたかわかんなかったけど、愛の言葉でもささやいてたんじゃないの?」

 強がる風乃に笑みを浮かべ、

「そんなことしてない。ありがとう、用はすんだから」

 じゃあねとレインコートのフードをかぶり、わたしは先に昇降口を出た。

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