Dream collector:04「世話のかかるといえば、きみもその一人だよ」
下校時刻、わたしは残っている生徒から夢を盗むべく校舎を歩いていると、前を行く本田先生をみかけた。仕事疲れか、前屈みに猫背の背中で歩いている。
「お疲れさまです、先生」
シャツの裾をつまむついでに夢を盗み、口に入れる。
本田先生の記憶夢がまばたきの瞬間、まぶたの裏に光景がはっきり浮かび、余韻をもって消えていった。
「お疲れさん。こんな時間まで図書室で勉強か? がんばるなぁ」
わたしはうなずきながら、
「天岡さんも勉強してたよ。彼女、カワイイよね。世話のかかる子が先生のお気に入りなんだ。ひょっとして先生の奥さんも、そんなタイプ?」
「さて、どうだったかな」とぼけながら本田先生は、「世話のかかるといえば、きみもその一人だよ」わたしの頭を撫でてきた。「名前はたしか……」
「カスミ。呼び捨てでいい」いい返すわたし。
「……霞海も、手のかかる子だよ」
「学校の成績はほめられてる。来週のテスト対策もバッチリ」
「生活態度のほうだ。社会にでるため、模擬社会の場としての学校でもあるのだから」
「模擬ね。だから、彼女は悩むのかも」
「彼女?」
先生の問いかけに、
「なんでもないです」わたしは首をふった。「でも先生、懸命だよね。信用失墜行為にでもなれば、せっかく決まってる話がだめになるかもしれない。それはそれで離れられていいかも」
「なんの話だよ」
「もし手を出したら、先生は職をなくしちゃう。だから来年の話は内緒なんですよね」
「なにをいってるのかわからないな」
本田先生の顔から笑いがきえた。
「担任になられる予定なんでしょ」
先生の記憶夢でみた内容を、こっそり告げてみた。
「どこで聞いたんだ。まだ正式に決まったわけではない」
「ほぼ確定でしょ。だいじょうぶ、誰にもしゃべってないから」
「そうしてもらわなくては、俺が困る」
誰にもいうなよと念を押し、本田先生は職員室に入っていった。
わたしは夢玉を吐き出して靴箱へむかっていくと、
「先生は、大切なものを盗んでいきましたーっ」
風乃と数人の生徒が階段を駆け下りてくるのがみえた。
「ねぇ、風っち。先生の家庭壊すつもりでしょ、あぶない恋とか好きそうだし、やばくない?」
「なにいってるの。そんな気ぜんぜんないって」
「だよねー。でも、LINE交換くらいしてるでしょ」
「してないってば」
「したいなぁ。風っちがきいたら教えてくれるかも」
「わたしはべつに……先生のこと、好きでもないから」
と風乃はちいさく笑う。
「そういえば、生徒と不倫してるって噂をきいたんだけど」
べつの子が口にすると、
「ないない」と笑い流す風乃。
「本田先生の奥さんって教え子だったんだよね。だからってわけじゃないかもしれないけど、結婚してからずっとラブラブらしいよ」
「へえ……」
風乃は目をパチパチさせた。
「奥さんから『買い忘れちゃった』ってLINEもらったら、学校帰りにスーパーによってあげるんだって。うちら生徒にはいじわるなのに、奥さんにはやさしいんだね」
「ふうん」
目を細める風乃は、友人にちいさく微笑んだ。
「先生のとこみたいなのを、相思相愛っていうのかも」
そんな話をする友人に、
「あー、ごめん。教室に忘れ物したから、さき帰っていいよ」
風乃は彼女たちと靴箱前で別れた。
そんな彼女の脇を通りすぎてわたしは、自分の革靴に履き替える。
外は雨が降っていた。
レインコートを着ているとはいえ、もうすこし小雨になるまで待ってみようと靴箱の近くに立ちながら、廊下の方へ目を向ける。
忘れ物をしたといった風乃がいた。
教室へもどる気配すらない。
「ねえ、名前教えて」
廊下でたたずむ風乃にむかって声をかけてみた。
「ん? いまさらっ。……天岡だって」
彼女は顔をしかめたけれど、気にしない。
「ちがう。下の名前、なんて読むの?」
「……『風』に『乃』と書いて、う・た・の」
「じゃあ、『うたちゃん』ね。ところで」
「ちょっとまって。勝手にあだ名つくって呼ばないでよ、春野さん」
春野さん?
はて?
「……あぁ、わたしのことね」
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