Dream collector:02「ちょっと、目つぶってて」

 わたしは現在、私立一宮女子高校に通いながら夢を盗んでいる。

 夢使いに会った夜、わたしは〈宇宿辺ウシュクベ〉に急いでもどり、ミツキ爺に夢掛けの方法をたずねた。同種の夢をひとつにするため、協力してくれたのだ。おかげで世界は一変、夢を現実へと昇華できたのだけれど……旅をしたいと願ったにもかかわらず、女子高生となったのには納得できなかった。


 夢掛けをするとき、意外にも、あの気難し屋のオボロが反対しなかったのも引っかかる。

 あの男は「夢使いミツルの贈り物ですからね。これも前兆でしょう。夢見人にまざれば夢が盗みやすくなります。一時的に潜入するだけなら問題はないでしょう。今後も日々の規定数を厳守されることを願います」と、いつもどおりの要求を突きつけてきた。夢買いとしての関心事はやはり、夢玉の質と量なのだ。


 あらたな夢の狩場が与えられたとおもえば、こんなに楽なことはない。

 入学当初、全校生徒と教職員あわせて四百六十八名から夢を盗める、とはしゃぎまわりはした。

 温室に育てられた果実を自由にもぎ取る権利を得て、よろこばない夢泥棒がいるはずもない。

 全校生徒から毎日盗めば、オボロから課せられたひと月の基準数なんて楽に越えられる……と、侮ったのだ。


 盗みはじめてみれば、学年ごとに階はちがうし、クラス単位で教室は仕切られているばかりか、授業以外は教職員は別室に引きこもってしまう。校内にいる夢見人全員から毎日盗むなんて、容易ではなかった。

 盗めるのはせいぜい、自分のクラスメイトと担当教師、登下校や校内ですれちがう相手からだけ。とてもじゃないけど課せられた数には遠くおよばなかった。


 足らない数は、今までどおり夜通し街を徘徊して盗まねばならず、おかげで日中眠たくてしょうがない。おかげで、いつも頭のなかに霞がかかっている。

 だからといって眠るわけにはいかない。盗むために登校しているのだ、といいきかせた我慢は午前中まで。午後になると、ふいに意識がなくなり机にふせってしまう。いかに優れた夢泥棒でも、疲労と眠気には勝てないのだ。


 そんな夢泥棒としてのがんばりを、夢見人の教師連中は許さない。評価は、授業態度と成績がすべてだという。しかも、授業内容を理解しているのか確認するため、定期的に試験が行われる。成績の悪い者は放課後、〈補習〉という拘束を強いられるきまりだ。


 夢泥棒としての素質と技量をみる試験なら、高得点をとれる自信はあるのだけれど、学校の授業となるとそうもいかない。

 夢泥棒のわたしが夢見人の成績など気にする必要はないのだけれど、他事にかまけて夢を盗む時間を削られるのはまずい。質と量、一定基準の夢を集めなければ、オボロにどんな仕打ちをされるのか、考えるだけでもぞっとするほどだ。


 そこで、妙案をおもいつく。

 校内にいる夢見人から夢を盗むのと同時に、相手の学習記憶も盗ることにしたのだ。

 もともと、夢と記憶は性質が似ているため、夢だけを盗むのは容易ではない。にもかかわらずオボロは、純粋に夢だけを盗むよう毎回くり返し要求してくる。オボロの要求に答えるべく、日々励んできた。おかげで最近では、かなり純度の高い夢を盗めるようになってきている。

 だから正直、変な手癖がつかないよう混じりけのある夢は盗みたくないのだけれども、これも前兆に従うため、仕方ない。


 記憶まじりの夢に手を出してみえてきたのは、学年が上がるたびに手の届きそうにない夢をみなくなっていく現状だった。

 彼女たちは周りの子達よりもちょっぴりしあわせになろうと望みながら、なりたい進路の夢をみている。


 であるならばと、夢を間引く手伝いをはじめてみた。

 このひらめきは我ながら実にすばらしい。彼女たちは、叶わない夢にいつまでも執着するから、本当に望む夢をつかめず人生を諦めていくのだから。


 叶わない夢を盗んだとしても、文句をいわれる筋合いはない。それどころか、逆に褒められてもいいくらいだ。でも、わたしが夢泥棒だなんて、だれも知らないのだけどね。


 盗んでみてわかったのは、彼女達の多くが、神経を衰弱させながらフラートの夢をみている事実だった。


 理想のイケメンからさりげなく、「俺じゃダメなの」とか「ほら、正直にいってごらん」とか「どうして欲しい?」なんて声をかけられ、「ちょっと、目つぶってて」とささやかれたい、といった妄想がまざっている。


 おなじ夢は一つとしてないが、どれも似たり寄ったり。しかも、盗んでも盗んでも、次から次へとくり返し似たような夢を見たがるのだ。わたしはわたしで、違う夢を盗みたいと願いながら、来る日も来る日もフラートの夢を好んで盗んでしまう。


 最近は、クラスメイトの天岡風乃から毎日のように盗んでいる。

 理由は彼女が優等生だから、ではない。

 盗んでも盗んでも、恋しい相手を求め慕う〈孤悲〉の夢をみつづけているからだ。

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