Magical dreamer:12「夢掛けをしなさい」

 おまえはフラートの夢をみようとしているのだから、といった夢使いの言葉にわたしは、後頭部をおもいっきり殴りつけられたような衝撃をおぼえた。

 言葉もでない。

 夢をみない夢泥棒が夢をみるのは、夢に溺れている状態を意味する。だけどたったいま、盗みあつめた夢を夢使いに渡した。つまり、夢に溺れているはずがない。

「別れる前に一つ話をしよう」

 夢使いが話してくれたのは、ありふれた寓話だった。





 名も知らぬ少年がいた。

 若き少年は志は高く、だがあまりに無知だった。

 彼を案じた育ての親は「世界でもっとも賢い男から幸せの秘密を学べ」と命じた。

 少年は育ての親の言葉を聞き、旅に出た。

 三年と三カ月の月日をかけ、噂に聞いた山頂にある屋敷にたどり着いた。

 その屋敷には老人が住んでいたが、すぐに会えたわけではない。

 広い屋敷にはたくさんの人が忙しく働き、また立ち話をしていた。賢者は彼ら一人ひとりと話をしていたため、面会が許されたのは三日後。ようやく話す時間を得た。

 少年は、幸せの秘密を賢者にたずねる。

 賢者はにこやかな笑みを浮かべながら「いまは説明する時間がない」と断り、「かわりにしてもらいたいことがある」少年に酒の入った盃を手渡した。

「三時間ほど屋敷をみてまわるように。その間、こぼさぬようにもっていなさい」

 少年は言われたとおり、三時間して戻ってきた。

 賢者は少年に質問する。この屋敷はどうだったか、と。食堂の壁に飾られた絵や、庭園のすばらしさ。鳥のさえずりや穏やかで気持ちいのいい風。図書室の棚に並ぶ数々の書物などもたずねたが、少年は酒に気を取られ「わかりません」と応えた。

 賢者は、もう一度みてくるようにいいつける。

 少年は酒の入った盃をもち、三時間かけてみてまわった。屋敷内に飾られるめずらしい数々の芸術品。庭園からみえる景色。雲より顔を出す山々に吹く風や咲き乱れる花のうつくしさも堪能した少年は、今度はそのことを老人に話した。

「だが、おまえに預けた酒はどこにある?」

 賢者の言葉に、少年は盃をみた。どこかにいってしまい、空になっていた。

 そのとき、賢者は高笑いをして少年に教える。

「秘密や方法と呼ばれる罠を求めるから、自分自身を拘束してしまうのだ。その考えを捨てない限り、よい場合であっても現状のままでしかないのがわからないのさ」

 三度、酒の入った盃を手渡された少年は、迷うことなく盃を飲み干してから屋敷を見てまわった。戻ってきた少年は自ら盃に酒を注いで賢者に渡し、屋敷の素晴らしさを語った。

「酒はうまかったかい?」

 賢者の質問に「夢見心地でした」と少年は答えたという。






 聞き終えて、わたしは首を傾げていた。

「答えを他者に求めず、自分で考え、選ぶがいい。機智をきかせた少年のように」

「……機智?」

 夢使いがしてくれた寓話の意味がわからず、問いかけたときだ。一匹の夜風魚がわたしに近づいたかとおもうと、胸の中へ飛び込んできた。

 痛みもなく、かわりにピンクがかった夢玉をくわえて飛び出てくる。

「まさか、わたしの夢?」

 夜風魚から受け取ると、

「ここにもう一つ、似た夢がある」

 夢使いから、おなじくピンクに輝く夢玉を渡された。

「夢掛けをしなさい」

「夢掛け?」

「似た二つの夢をひとつにすることだ。さすれば、おまえの夢をかなえようと宇宙全体が協力してくれる。だが忘れるな。最後まで前兆に従うのを」

 いい放つや、夢使いは手すりから飛び降りた。

 あわてて下をのぞくも姿はなく、いつのまにかヨルも消え失せ、空にはいつもの月が輝くばかりだった。

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