Magical dreamer:10「偉大な……真実?」
必死におもい悩んでいると、
「まだ名乗っていないのだな」
夢使いがつぶやいた。
「だれがですか」
「おまえの父親だ」
「……生きてるんだ」
「祖父のミツキに会えたのだ、名乗り出るのもそう遠くない」
「えっ」
声が裏返る。
「あ、あのミツキ爺が……」
その後、夢使いはわたしがどこで生まれ、どう過ごしてきたのかを語りだした。
「おまえだけではない。夢泥棒の親が子に強いるのは、徹底的な夢抜きだ。手をのばせば届くしあわせをあたえては目前ですべてを奪いとる。あたたかな料理、仲のいい友達、やさしい温もり……。一度ふれたら最後、それらは二度と帰らない。生きている事を否定する仕打ちをくりかえす親を憎み、その感情や記憶すらも奪っていく。母が消え、父に『闇の牢獄』へと放り込まれ独りになる」
くり返し、おもい出す光景がある。
生も死もなく、望みも願いもすべて〈無〉とともにある世界。
わたしがいたあの場所は、そういう名だったんだ。
「心の深淵まで闇が達し、同化した者だけがようやく牢獄を抜け出せる。そのとき身につける力こそ、盗夢の力。夢買いと出会う前、おまえは両親の愛につつまれた子供から、このんで盗んでいた。夢買いにつかわれてからはさまざまな夢を知り、快感に溺れながらむくわれぬ多くの片想いに出会い、フラートの夢をみた。未熟な自分を反省したおまえは、すくなくともあの男の目にかなう夢を盗めるよう歩いている。それこそおまえの親も望んだ、何代もわたって継承されてきた夢泥棒の生き方だ」
いい切った言葉に押しつけさはなく、哀れみもまざっていない。夢使いが嘘をつく理由もみあたらなかった。
わたしは、夢泥棒になるべくしてなったのかと飲みこんだとき、先ほどおぼえた不安はどこかへ消えていた。
それに、夢使いは夢見人への仕返しは考えていなさそうにみえる。
だけど疑問は残る。
「どうしてわたしに、そんな話をするのですか」
「いくつか理由がある。だが、なにより重要なのは、おまえ自身が運命の岐路にあるからだ」
「岐路?」
理解が追いついかないわたしに諦めた顔もみせず夢使いは、淡々と語ってくれた。
「おまえがやりとげようとしていることだ。誰しも若いときは自分の運命を信じている。すべてがはっきりしていて可能であり、夢をみることも自分の人生に起こってほしいすべてのことに憧れるのも畏れない。それは夢見人だけではなく、夢の住人である夢泥棒も例外ではない。ところがだ」
ミツルの声がおおきくなる。
「時間がたつうちに、汝の運命の実現は不可能だと、不思議な力がはたらきはじめてくる」
「不思議な力……ですか」
わたしは知りたかった。夢泥棒の仕事とかかわりがあるかもしれない、という予感がする。
「その力とは、否定的なもののようにもみえる。病気や若さ、拒絶と足枷、重圧や困難といったものがそうであり、運命をどのように実現すべきかの分岐点でもある。直面する度に、おまえの魂と意志とが選ばせようと準備させる。地上にはひとつの偉大な真実しかないからだ」
「偉大な……真実?」
むずかしい話になってきた。わたしは眉間にしわを作って腕を組んだ。
「そうだ。おまえが誰であろうと、何をしていようと、なにかを本当にやりたいと思うとき、その望みは宇宙の魂である夢から生まれたのだ。それこそおまえの使命なのだ」
「したいことが、その夢を盗むことでもですか? そもそも不思議な力とは夢語りのことでは? わたしたち夢の住人が夢を盗むから、夢見人の夢が叶わなくなるのではないですか?」
「聞くときは一度にひとつだけ。ふたつは欲張り」
夢使いは、ふふふと笑った。
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