Magical dreamer:03「じゃあ、おじさんも?」

「いやいや、そうではないよ」


 鼻で笑いながら口にする彼の話によれば、ここ〈宇宿辺ウシュクベ〉という酒場は、すでに廃業した大盗や夢買いにしたがわず一人働きをつづけている妖盗などが息抜きにおとずれる〈穴場〉だという。


 そもそも頭をすっぽりかくせる衣服こそ、夢泥棒の証らしい。

 いわれてわたしは、自分が着ているフード付きのダッフルコートに目をむける。

 これを用意したのはオボロだけれど、いつでも雨風をしのげるからという理由だけでこれまで好んで着てきたのに、受けつぐ血の本能があえて選ばせてきたのかもしれない……などと考えつつ食べていると、お腹だけでなく心も満たされてくる気がしてきた。


「じゃあ、おじさんも?」

 たずねると、

「昔、ちょいとね」

 彼は肩を揺すりつつ、ヒヒヒっと低く声をあげて笑った。

「わしはミツキという。ながらく盗んでいたが、よる年波で引退したのだよ。いまでは蝶ネクタイなんぞ首につけて、この店のバーマンをやってるのさ」

「だったら教えて。どうして彼らは、こっそりわたしを見てくるの?」

「あんたのボスは、歴代夢買いの中で一番憎まれている男だからさ」

 はっきり答えてくれたミツキにわたしは、

「そのとおり」

 と笑い返した。


 彼がいうには、夢泥棒がよくいう〈混乱させるF〉を、オボロは三つももっている。face-less(顔がない)、false-ness(虚偽、不誠実)、それにfear-ness(不安、恐怖)だ。

 いわれて、なるほど、とうなずいてみせる。

 出会ったときからかんじていた胸のざわつきの正体に、ようやくであえた気がした。


「オボロはずるがしこい男だから、夢泥棒全体から嫌われていると知っていても、そんな素振りはちっともみせやしない。憎まれるのも仕事のうちだと考えているのだろう。そもそも批判を真に受けていられないほど忙しいみたいだ」


 年老いたミツキの目は、入口近くの空いているカウンター席にむけられていた。

 その席には他の客も近寄ろうともしない。

 おそらくオボロ専用の席なのだ。

 そういえば――わたしに席を指示したのはミツキだった。

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